小林愛実ちゃん

私はピアノの音があまり好きではありません(正直に言えば嫌いです)。小学1年から5年までピアノを習っていました(姉のついでに?)。毎週木曜日の夕方、1時間近くみっちり鍛えられましたが、全く上達せず、なぜ右手と左手が別々に動くのか、未だに理解できません。先生は当時50代の女性、大変厳格な方で、私が最も苦手としていました。飽きっぽいのでいい加減に引くと、手をピシャリ、「あと30分追加」と言われました。でも、じっと座っている訓練にはなったと思っています。もともと、多動ぎみで(今風に言えば注意欠陥多動症候群の軽い症状)、動いていないと落ち着かない子供だったらしく(今でも変わらないという意見あり)、座るトレーニングでピアノを習ったのではと思っています。ピアノを教えていただいた先生は、103歳で千葉に住んでおられます。
日曜日の夕方、その苦手なピアノのコンサートに家内と二人で出かけます。場所は東京FMホール。小林愛実ちゃんという中学1年の女の子のコンサートです。患者さんである愛実ちゃんから招待を受けました(個人名を出しますが、この件についてはお母さんの了解をもらっています)。苦手なピアノですが、愛実ちゃんのピアノは聴いてみたいと思いましたね。本人やお母さんと話をしていて、本能的に「この子は本物、天才的な能力を持っている」と直感しました。「コンサートがあったら聴きに行くよ」と話したことがあり、今回招待を受けました。私はピアノを弾く才能はゼロですが、聴く感性のかけらは持っていると思っていますので、楽しんできたいと思っています。どんな天才であっても、世にでるのは10人に1人以下。あとは努力と運、それに本人のやる気。大成すること願っています。「天才は普通の生活を送ってはいけないし、その資格はないよ」と言ったら、お母さんから「先生は本当に変わっている」と言われました。
(追伸)
東京メトロの九段下駅から千鳥が淵、半蔵門堀を歩いて、コンサートへ。行く前に三女が、「最大の問題は寝ることだね」と言いました。先月、映画の「相棒」を見に行ったのですが、途中で居眠り。昔、三女と「世界の中心で愛を叫ぶ」を見に行った時も熟睡。授業中でも、学会でも、遊びに行っても、座ると居眠り。この習性はなかなか直せません。でも、今日は眠らなかったですね。音もさることながら、手の動き、愛実ちゃんの集中力に驚きました。家内と「やはり天才」と納得。「一緒に行って、居眠りをしなかったのは、珍しいね」と褒められました。
ある患者さんのお父さんから、以下のメッセージをいただきました。有難うございました。http://www2.piano.or.jp/fmi/xsl/concert/info_c.xsl?-db=concert&-lay=list&-max=25&webflg=1&concertID=20071961&-find 小林さん、本当に天才でいらっしゃるようですね。これからのご活躍が楽しみです。

夫たちの肖像

先日、本の整理をしていた家内が、偶然一冊の雑誌を見つけました。「主婦の友社」の若い女性向けの月刊誌「COMO」(10年以上も前に廃刊になってその存在を記憶している人はいない?)の1995年4月号です。私も完全に忘れていて、なぜこの本があるのか、理解できませんでした。「この本に載っていたのでは?」と家内が目次を見てみると、「シリーズ夫たちの肖像」という連載に私がでていました。当時41歳、開業5年目、タイトルは「どんな状況になろうと楽しめる。保守的じゃない、そんな人生を目指して開業医になった」。私が開業したのは36歳の時。全く縁もゆかりもない東京での開業。開業した1990年はバブルの真っ只中。まさに勤務医の全盛期。30代での新規開業など考えられなかった時代。当時の世田谷の医師会の平均年齢が60代後半。
開業するつもりは全くなく、「研究職か勤務医」と結婚する時、家内には宣言していました。開業した一つの理由は、「10年経ったら開業医の時代がくる」という確信。これはあたりで、2000年から2002年が開業ラッシュのピークに。もう一つの理由は「自分に腹がたったこと」です。4ページのCOMOの記事から一文「長く勤務医をしている間に、自分の心の中に巣くっていく保守的な部分がだんだん気になってきたんです。なぜ自分はこんなに保守的な人間になってしまったんだと思うと、むしょうに腹が立ってきてね」
生きていくためには、家族を守っていくためには、保守的になることもやむをえないこと。でも、自分で自分が許せなくなって、東京に出て行くことを決意。家内は「好きなようにやっていいよ」と賛同。これには、本当に感謝しています。ほとんどの友人や同僚から「頭がおかしくなった」と言われましたね。多額の借金、全く知らない土地、小さい3人の子供、「頭がおかしくなった」という意見は妥当であったかも(と今では思いますね)。最も仲が良く、私を理解してくれていた友人二人は「東京の子供たちに、最高のプレゼントだよ」と評価してくれました。ゼロからの立ち上げ。いろいろ分からないことやミスも多く、良い経験になり、この二人の友人の開業時に、私の経験が役に立った時はうれしかったですね。
私は高校の時から、一生のうちに本当に自分で考えて、自分で決断するテーマ(自分で切るカード)を5枚持っていると、根拠もなく信じていました。他の事はどうでもよく、成り行きにまかせればいいと。開業の決断は私の切った3枚目のカードだと、家内や子供たちには話しています。残りあと2枚。それは何か?
この雑談、長すぎますね。この続きはいずれ。
(追加)
開業して10年以上は、雑誌、テレビなどのマスコミや学会などに、年間40から50回ぐらい出ていました(出すぎという批判もあり)。最近は全く興味がありません。なかなか意思の疎通が感じられなく、何か物足りない思いがありました。でも、このブログは自分で書いて楽しんでいます。読んでいただける方の顔を、思い浮かべることができ、情報をすぐに伝えることができるところがいいですね。

クワガタの幼虫がサナギに

昨年に卵からかえったオオクワガタの幼虫が、ほとんどサナギになりました。今年はいろいろな事情が重なって、幼虫の成育が悪く、大きさはイマイチといったところです。6月初旬に成虫となって、7月に取り出す予定です。エサを十分に与えて越冬し、来年産卵させます。オオクワガタは3年は生きますので、十分に楽しめます。今年越冬した成虫は、ゴールデンウィークに産卵木を入れたので、ちょうど産卵に入っているところです。診察室にはオオクワガタとギラファノコギリクワガタのサナギがいます。幼虫からサナギ、そして成虫に変化していく姿を見るのはとてもいやされますね。観察希望の方は、遠慮なく言って下さい(虫嫌いの方もおられるでしょうから)。
私の趣味の一つが、クワガタを育てること。15年以上前から、ヒラタクワガタを育てていました。今のようにブームではなかった時代、クヌギマットをジャムの空きビンにつめ、幼虫を育てて、密かに楽しんでいました。時代は流れ、昆虫ブームに。ヒラタクワガタは凶暴なので、子供たちにはオオクワガタの方が安全と考えて、今ではオオクワガタを中心に育てています。昆虫は寿命が決まっているので、死んでも心のダメージが少ない。手間がさほどかからない。いろいろ良い点もありますが、犬やネコのように心が通じ合うということはないですね。「潤いのない趣味」といわれることもありますが、小さい頃から大の虫好きで、眺めていると血が騒ぎますね。昆虫ブームで子供たちが「死」を感じ、考えるきっかけになることは、大変意味のあることだと思っています。私も蝶、蛾、カミキリムシ、糞転がしの仲間などに狂っていた時代があり、「生と死」を感じて、いろいろ考えましたから。
もう一つの趣味が登山。時間がなく、なかなか山登りはできませんが、どうしても血が騒ぐことがあります。台風直後の5月14,15日は、北八ガ岳の山に登ろうと、家内を誘って出かけたのですが、1m以上積もった雪に阻まれ、登頂できず。でも、車山や八子ガ峰に登頂でき、北アルプスから中央アルプス、南アルプスまで見ることができて満足しました。登山やトレッキングをしながら、景色や花を楽しんだり、鳥の鳴き声をきいたり、虫を見つけたり、野草をつんだり(ついでに食べる)、いろいろな楽しみがあります。私も家内もスキーやゴルフとは無縁でしたが、「時間を見つけて、好きなことをする」というスタンスで生活しています。二人でゆっくりがいいですね。

手足口病について

予想通り、連休明けは静かです。待ち時間はほとんど0。流行している病気は、水痘(みずぼうそう)とプール熱ぐらいです。来週の14日(水曜)、15日(木曜)は休診させていただきます。ご了承下さい。
日本でも手足口病が、少し流行しています。テレビや新聞で騒がれていますが、中国で最近2万人の人が、この手足口病にかかり、30名近くが死亡したと伝えられています。もともと手足口病は夏風邪の一種で、6月から7月に流行します。しかし、温暖化(?)の影響もあって、1年を通して流行がみられます。今日本で流行している手足口病は、中国で流行しているものとは違いますので、安心して下さい。でも、旅行や仕事で、人の往来がありますので、中国産の手足口病が、日本に入ってくる可能性はありますが。
手足口病のおさらいです。症状は、
1)口の中に小さな口内炎が複数できる。食べると痛い。
2)手のひらに小さな赤い発疹ができる。水疱になることも。
3)足の裏にも小さな、赤い発疹ができる。水疱になることも。歩くと痛い?
4)熱がでることは少なく、30%前後。
手足口病は4回ぐらいかかる可能性があります。原因はウイルスでエンテロ71とコクサッキーA16型が代表格です。中国で流行しているのはエンテロ71の変異株、今日本で流行しているのはコクサッキーA16の変異株です。エンテロ71は脳炎をおこす可能性があり、コクサッキーA16は脳炎をおこす可能性が極めて低いという特徴があります。
今流行しているコクサッキーA16の変異株は、上記の症状の他に、肛門の周囲、膝頭、肘の外側にも小さな発疹がでるという特徴があります。この肘や膝にも発疹ができる手足口病は、通称「ハデハデ手足」と言います。6年ぐらい前に私が命名したもので、一部の小児科医では通用する名称です。この「ハデハデ手足」の原因ウイルスを追求していたのですが、ウイルスは採取できるのですが、名前わからなくて困っていました。そこで感染症研究所に相談してDNA解析を行ったところ、コクサッキーA16の変異株という結論になりました。この変異株は6年ぐらい前に突然出現したものです。エンテロ71も変異をして、毒性が強くなって、中国で問題になっていると推測されます。
手足口病は学校保健法では、熱がなく、食事が取れて元気ならば、休む必要はないとされています。

初任給

先月から社会人になった次女が、連休で帰省。社会人3年目の長女も、学生の三女も帰省し、騒がしいゴールデンウィークになりました。次女が4月20日に初任給がでたというので、私と家内を焼き鳥屋でご馳走してくれることに。事前に患者さんから、浜田山の安くておいしいお薦めの店を聞いていたので、夕方のんびり歩いてでかけました。長女も三女も付録でついてきたので、総勢5名。
あまり食べないように、飲まないようにと家内と話しをしていたのですが、食べ始めるとすぐに忘れて、多いに食べて飲んでしまいました。いざという時には、長女も助太刀するつもりだったようですが、次女の給料で、何とかなったらしい。金額を聞くのはヤボですから。家内と感慨深いねと話しながら帰ってきました。
食事をしながら、「我が家の子育てのテーマは?」という解説をしました。テーマは「自立」。これは子供が親からの自立であると同時に、親も子供から自立することを意味します。豊かになった現在、この「自立」は結構難しいテーマであると思っています。果たして、我が家の「自立」というテーマ、うまくいったのでしょうか?自分でかせいで、自分の好きなように使う。これが仕事に対するモチベーションの基本であり、自立の第一歩だと思っています。
ちなみに、私の親の子育てのテーマは、「自由」であると思っていました(勝手に思っていただけでしたが)。家を継ぐ気もなく、故郷から離れて自由に生きてやろうと、小学生の時から思っていました。母は賛同していたと思っていますが、人生について話したことは、一度もありません。高校3年の時呼び出しを受けた母が(親が学校に来たのは最初で最後だったと思います)、「先生や親のいうことを聞くような子供に育てた覚えはありません。本人の自由にさせて下さい」とだけ言って、何も聞かずに席を立ったという話を聞いています。私は「満点」と思いましたね。
今日、子育てのテーマは「自立」という話をした時に、長女が「私のテーマを知ってる?」と聞いてきました。嫌な予感。「私のテーマは依存だよ」という言葉に、夫婦とも唖然。次女と三女は大笑い。我が家の子育て、まだ道半ばというところかもしれません。