7月1日(19周目の走行)

今日、6月30日の仕事を無事終えることができました。少し、ホッとしています。明日の7月1日が開院18周年記念日になります。開業してちょうど18年、明日から19年目に入ります。18年間、大きなトラブルもなく無事に仕事ができたことは、大変嬉しいことであり、患者さんやスタッフ、家族や友人に感謝しています。長距離走に例えるなら、トラックを18周走って、明日から19周目に突入です。18年、これが長いのか、短いのか?ゴールのないマラソンをしているような気持ちになりますね。
18年前の7月1日は日曜日。晴天の真夏日。友人と仕事の関係者だけで、こじんまりとした開院式。30名ぐらいがバラバラに来て、雑談しました。その日、静岡県立こども病院で私が診ていた患者さんとお母さんが、思いがけなく沼津からお祝いに駆けつけてくれました。嬉しかったですね。その時、「先生、カルテを作って下さい」と。皆さんが持っておられる診察券。番号が記載してあります。この診察券のNo1がこの患者さんです。もうとっくに成人されているはず。ちなみにNo2は私で、医療用パソコンの練習のために作成しました。
7月2日(月曜日)、本当の仕事始めです。8時半に飛び込んできた患者さんがいました。開院前に「いつから開業ですか」と聞きにこられて、本当に開院を心待ちにしていてくれた患者さんです。この患者さんがNo3。もう、成人して元気に仕事をしています。初日の患者数は12名。今では考えられない数字ですが、当時は大病院志向の時代。医師会等でも「10名の壁」(10名越えるのに1年はかかる)と言われていました。
それから18年、多くの患者さんに支えられて、楽しく仕事をすることができました。本当に感謝しています。もうすぐ、55歳になりますが、まだ頑張れるかな?と思っています。19周目の走行、宜しくお願い致します。

夏休みの予告

今年は5月から病気の流行も少なく、静かな時間を過ごしています。1年で最も病気の少ない8月下旬から9月初旬に、いろいろ用事を済ませたいと思っています。夏休みもありますので、近日中に予定をお知らせします。7月は特別な休みはありません。逆に7月は20日(日曜)、21日(海の日)は連休ですが、20日の夕方4時から6時(連休の真ん中)に診療しますね。困っている時に働く、病気の少ない時に休むが基本ですから。

ヘルパンギーナの流行

毎年、6月下旬から7月の初旬にかけて、ヘルパンギーナと手足口病の流行があります(手足口病については前のブログを参照して下さい)。今日(6月25日)から、ヘルパンギーナの流行が始まりました。10日ぐらい続くと予想しています。コクサッキーウイルスによる感染で、特徴は
1)突然の高熱。ただし、24時間以内に解熱することが多い。
2)ノドが真っ赤になって、ノドに小さな水疱(後に潰瘍になる)ができる。
3)「ノドが痛い」ため、食欲はあるが、食べられない。
4)鼻水、セキなどの風邪症状はない。
集団生活は熱が下がって、普通に食べることができるならばOKです。
(予告?)
6月30日の夜、「7月1日」というタイトルで、ブログを書く予定です。

6月30日

6月30日の話は、少し早すぎますが、次回のタイトルが「7月1日」にしたいと思っていますので、ご容赦願います。梅雨の真っ只中の6月30日は、私にとっては2つの思い出があります。1つは初任給をもらった日で、29年前の話です。当時は卒業して国家試験が4月にあり(今は卒業見込み書を出して、2月に試験、発表が3月、仕事は4月から)、5月に発表があって、私は大学の顔を出すことなく、そのまま静岡県立こども病院の研修医として赴任。6月から仕事を開始。当直は月に7回ぐらいで、当直は無給。日雇いの研修医なので6月30日に、初めて給料をもらいました。15万ぐらいでしたか、うれしかったですね。
2つめは高校1年のこと、40年近く前になります。別府の小さな小学校を出て、バスで市内の中学校(一学年440名、10クラス。今とは出生率が違いますね))へ。同じ小学校から23名通っていました。中学3年の6月、その中の1人が病気で、九州大学医学部温泉治療研究所付属病院に入院。月に2回ぐらい、お見舞いに行っていました。高校1年の6月30日の午後、亡くなったとの伝言が高校事務から私に。私は急遽、病院に駆けつけ、病理解剖室に送られる直前に間に合い、数秒の別れができました。今では「おそらく白血病」と思っています。雨の中、そのまま帰宅。なぜか無性に腹が立っていたことを覚えています。このことがきっかけで医者を目指したというような、そんなかわいい性格ではありません。医学部には興味はなく、ただ「自分の好きなことをして生きてやろう」と思っていました。進路が、自分の意思で切る1枚目のカードだと。
正直、ここから悩みましたね。自分の好きなことが掴めない。このカードを切り損ねる訳にはいかない、これを間違えると人生が変わってしまうという強い危機感があって、2年間は勉強そこのけで本を読んで、いろいろ考えました。しかし、当時の頭ではとても結果は出せず、「18歳で人生の進路を決めることは無理なのでは」といういい加減な結論に。高校3年の秋、時間的に切羽詰って発想を変えようと決心、「好きなことをする」のではなく、「自分に一番適していること」をするに変更(今考えると、バカみたいなことですが)。文句なく「医学部」。但し、絶対向かない教職にはつかない。教える義務のあるような研究職はやらないと決めていました。この1枚目のカード。結果論としては、正解だと思っています。
「医学部に」と言った時、母は初めて嫌な顔をしましたね。「そんな手を汚す仕事をしなくても」とつぶやきましたが、反対はしませんでした。私は大分には10年以上帰省していません。当然母とは電話だけ。先日「医者になって苦労しちょったやろ」と、大分弁でしみじみ労ってくれました。私は「別に」と。自分で選んだ事は自己責任。仕事は楽しいですよ。今年に夏は、母(87歳?)の顔を見てこようかなあ。6月30日から話が脱線し、長くなってしまいました。ひどい雑談で申し訳ありません。

病原性大腸菌による食中毒の増加

梅雨でこれから雨が多くなりそうですね。梅雨になると、気になるのが下痢症状です。ウイルスによる嘔吐下痢症は少なくなり、下痢だけの症状を訴える子供たちが目立ちます。このような場合には、便の培養(細菌検査)をお薦めします。この10年、特に目立つのが病原性大腸菌による食中毒です。O?157といえば、ピンとくるのでは?10年以上も前から、この病原性大腸菌を追っていました。面白いことに狂牛病で牛肉を食べなくなった時には、病原性大腸菌による下痢症は少なくなったのですが、最近はまた増えてきました。0歳の赤ちゃんだって、下痢で大腸菌がでることは珍しくはありません。
多い型はO?1、O?18、O?25、O?6、O?74がベスト5で、この5つで80%以上を占めます。感染源は肉とペット。生肉を食べることが原因ではなく、スーパーで肉のパックに触れたり、ゴミ箱をあさって、捨てた肉のラップやパックを触る、お母さんが肉料理をしていて、軽く手を洗って子供に触れる。子供は指をなめたり、手づかみで食べる。当然、菌が口の中へ。ペットを室内で飼うことも、原因になります。ハイハイしたあと、手をなめる。畳が便で汚染されていることも。
「肉には食中毒菌がいる」という前提で対応して下さい。子供の生の肉は触らせない(ギョーザを一緒に作ってというケースもありました)。ごみ箱は手の届かない所に。肉を触った時には、よく手を洗うように。下痢が続く時には、症状が軽くても来院して下さいね。

医療費の自己負担

水痘の流行がみられます。また、発熱が続き血液検査のデータが悪い患者さんも散見されます。高熱には注意が必要です。今週の待ち時間は0から20分と予測しています(土曜日を除く)。以下、雑談です。
当院では小さな子供たちが多いので、自己負担は公費となって、実際に会計をされる方は少ないのが現状です(私が開業して6年間は乳児医療制度はなく、3割負担に時代でした)。でも、大人の方や小学生などで一部負担のある場合に、実際に支払う金額には、微妙な差があることに、お気づきでしょうか。同じ病気でかかっても、支払う金額には差があります。「三宅小児科は安い」と感じられる方は多いのでは?勤務医をしていた頃は、患者さんの負担がどのくらいか?など、全く気にしていませんでした。しかし、開業する前に、家内と医療保険の本を読んで、「いかに患者さんの負担を少なくするか」というテーマで議論。別に不正をするという意味ではありません。診療の方針は
1)院外処方を希望される方以外は、院内処方とする。
2)効果が同じなら、高価な薬はできるだけ使わない。
3)ジェネリック(後発医薬品)を利用する。
4)薬はできる限り使わない。どうでもいいような薬は出さない。
この4つを基本としています。2年に1回ぐらいの割合で、保険の改正が行われますが、家内と対応を決めています。基本的に新しい薬は、あまり使いません。抗生物質(抗菌薬)でも、最も原始的な、それもジェネリックを使うことが多いのですが、私はそれでいいと思っています。効いて、かつ副作用がなければ、目的は達せられるのですから。薬も適材(剤)適所で、いくら高くて良い薬でも、使用を誤れば効きません。
「抗生物質を使いすぎると、耐性菌ができて効かなくなるのでは?」と言われていますが、私は心の中で「こんな原始的な薬で、良く効いているのだから大丈夫。たとえ耐性菌がでてきても、いくらでも新しい薬があるのだから」と笑っています。実際、私も家内も、診察しながら患者さんの負担がどのくらいか、頭でほぼ計算できています。これからも「患者さんの負担をできるだけ少なく」という方針で診療していくつもりです。

自治体は今

大阪府の橋下知事が、給与等を削減して、赤字を少しでも解消しようと提案しました。ほとんどの自治体は赤字。その大きな原因の1つが、病院の経営です。市が経営するのが市立病院、県は県立、府は府立、東京都は都立病院。地方では村や郡がいくつか共同で運営する共立病院も多く存在します。これらの病院のほとんどが赤字。東京都は5年以上も前に、都立病院の統廃合を行い、上町にあった都立母子保健院がなくなり、都立梅が丘病院も統合されようとしています。この点については、賛否両論あるところでしょう。でも、確かなことは、自治体が再建団体になった時には、公立病院は廃院か縮小せざるを得ないという事実です。
バブルの頃、私は公務員でした。自治体の財政も悪くなく、勤めていた子供の専門病院は大赤字。「年間10億以上の赤字を出している良い病院」という風潮がありました。赤字になるぐらい手厚い医療を行っているという勘違い。私は全くナンセンスと思っていました。医療は奉仕ではない。患者さんが1割から3割を負担して、残りを社保か国保が負担するという医療制度。赤字で税金を投入するなら、住んでいる人のコンセンサスがなくてはならないはず。平気で多くの赤字を出し、県民の方に負担をかけるような医療をしていてはダメだと思いましたね。これも開業の動機の1つです。
「なぜ、地元で開業しないの?患者を引き連れて開業すれば楽なのに」と言われましたが、当時は若く、血の気が多かったため、患者を連れての開業など、とてもプライドが許しませんでしたね。「どうして、大赤字の病院の足を引っ張るようなまねができるのか」と思っていました。今回の医療費の削減、患者さんや我々開業医だけでなく、公立病院の経営にも大きな影響があります。結局、公立病院には多額の税金が投入されることになるはず。実質的に削減になるとは思えません。お年寄りをいじめる国の繁栄はない?(内科の友人の弁)