土曜日は雨

金曜、土曜と連日の雨模様。本格的な受験シーズン到来ですね。
インフルエンザを疑われる方は、発症して6時間以上経過して検査をすることをお薦めします。時々、陰性にでることがありますので。今週末からインフルエンザ以外の、カゼの発症が多くなってきました。インフルエンザの検査をしても、陰性の方の割合が多くなったということ。初期症状は発熱でセキが少なく、インフルエンザではないだろうと判断して、検査をすると陽性であったり、逆にインフルエンザと思って検査すると陰性であったり、ところが次の日に陽性になったりで、頭が混乱してきます。検査の結果を数時間ながめて、結果を再確認する毎日です。インフルエンザでないだろうと判断して、検査しない選択肢もあるのですが、集団生活をしている場合や、兄弟間で感染する可能性がある場合には、白黒を明確にする必要がありますので。
家内は今週の夜は勉強会の連続。火曜日は小林愛実ちゃんのコンサートでしたが。精神発達の講義に2日出席(私はパス)。今年から入学時に幼稚園、保育園から発達や多動などの精神行動情報が、小学校に申し送られることが義務付けられたとのこと。ADHDや広汎性発達障害を早期に発見して対応することが、成人後の生活に影響があるのではないかという内容。この範疇は難しい。家内と意見交換になりましたが、結論は出ず。

今週の待ち時間

インフルエンザの流行が続いています。A型がほとんどですが、20名に1人ぐらいの割合でB型があります。症状には、あまり違いはないように思っています。午前中の待ち時間は、10から20分ぐらい、午後は0から15分ぐらいです。他の病気の流行はありませんので、混雑はしていません。
インフルエンザの診断に、時間を取られているのが現状です。最も早く、正確な診断キットを選んでいるつもりですが、発熱した直後の患者さんは陰性に出てしまい、翌日に再検査ということもあります。ケースバイケースで、発熱直後に30秒で陽性ということも。理由は鼻水やタンが出てきているか?にあるのかもしれません。
月曜日の夜に新型インフルエンザ対策の講演があり、家内と聞きに行きました。マスクの種類と着用方法、ガウン、ゴーグルでの防御などの実地訓練。でも、どうやって新型と見分けるのか?その点については説明なし。そこが大きな問題では?

歩く!(その2)

先日家内と散歩している時に、「昔の人は1日に、どのくらいの距離をあるいていたのだろう?」という話題に。江戸時代は30キロから40キロぐらいだったのでは?甲州街道は新宿、下高井戸宿、上高井戸宿、烏山宿、布田宿、調布、府中と続きます。このような、たわいもない話をしている時に、ふと「アーン少佐が亡くなったと聞かされたのは、確か1月の終りだった」という思いがよぎりました。歩きながら、ついついこの話に。いったい「アーン少佐は1日にどのくらいの距離を歩いたのか?」家に帰って、インターネットで「アーン少佐、別府」で検索してみました。1300キロを2週間で歩いたという事実に驚愕。1日90キロ以上。
私は大分の別府育ちです。南立石小学校という別府の少し奥まった所にあった、一番小さい小学校出身。その学区域に「白菊寮」という、戦災孤児を集めた施設がありました。戦争で両親を失った孤児は、日本中にあふれていたそうです。私の母は「白菊寮を作った女性が、地方を回って、戦災孤児を集めて、母親代わりに面倒をみた。とてもできることではない」と言ったように記憶しています。同級生にも何人か寮の友人がいましたが、里親に引き取られることがあったためか、途中で転校していくことが多かった。
当時、日本に駐留していた米軍の1人が、白菊寮の建物が老朽化していることを知ります。そこで、キャンプ座間から、別府の駐屯地に軍艦で移動する代わりに、徒歩で別府に行くことを試みます。仲間の兵士たちと、どちらが先に着くかという賭けを。勝ったら、そのお金を寄付する目的で。そして、賭けに勝ちます。ネットで見ると、この賭けは数回行われ、多くの兵士たちが協力していることがわかります。そのお金で白菊寮は新しい建物に。このアーン少佐の話は、友人から聞いて、知っていました。私が小学校5年のクリスマスに、ベトナム戦争で、地雷の爆発によって亡くなったという知らせが、1か月ほど遅れて届きました。ネットの情報では、帰国するところを、別府に近いという理由でベトナム行きを志願したと書いてありました。
白菊寮の友人たちの悲しみが、今でも記憶に残っています。話が脱線しましたが、1日90キロ、14日間毎日歩くというのは、ほとんど不可能。昭和30年代前半。食料を担いで、野宿しながら、というよりほとんど眠らずにですね。人間の思いというのはすごい。ネットの記事を読んで、10歳の時と同じように感動しました。以後45年も世間の波に揉まれても(?)、精神的に進歩してないのかなあ。散歩の話から、完全に脱線してしまいました。それにしても、このブログは長すぎる。(40年前にジェームズ三木脚本、石原プロ製作、「ある兵士の賭け」という映画あり)

歩く!(その1)

1年ほど前、「夜の散歩」というブログを書きました。この1年、家内の1日6000歩という目標を達成するため、(夜の一人歩きは危険なこともあって)いっしょに散歩しています。座っていても頭は働かないので、歩くことで考えがまとまりますね。私が子育てをしていた所は静岡市にある、県立こども病院の宿舎。周りは田んぼと畑、それと川。その頃もよく歩きましたね。ベビーカーが壊れるくらい。小さい子供を連れて、家族だけの散歩。本当に楽しい思い出です。いつか「子育ての楽しみ」というタイトルで書きたいと思っています。
昨年の記録は43000歩。35キロぐらいでしょうか。歩くことは、生きる基本かもしれません。でも、限度を越えてはまずい?東海道の最大の難所は箱根越え。小田原宿から三島宿まで。山登りで40キロ弱。小田原の友人は、この箱根越えを数回達成しているようで、しきりに誘ってきます。「夕暮れの富士山を見ながら、三島に下りていく風情がたまらない」らしいのですが。私は「三島に着いて、新幹線で東京、そこから満員の中央線と京王線は嫌だよ」と何とか断っています。
私が歩いた最高記録は、おそらく1日60キロ。大学の時に、5月の連休に暇をもてあまして、夕方から銀閣寺の近くにあった下宿から出発。それもゲタで。のんびり歩いて奈良まで。朝の8時頃に東大寺着。アスファルトをゲタで歩くのはきつい。膝が痛くなりました。今のウォーキングシューズは優れものですね。散歩にはクッションのきいた靴がお薦めです。登山と散歩用の靴には、私も家内もとても気を使っています。(以下、明日のブログに続く)

インフルエンザの流行始まる

テレビ等でも話題となっていますが、先週末より本格的なインフルエンザの流行が始まりました。大まかなデータではAソ連が40%、A香港35%、B型が25%ぐらいですが、当院ではA型がほとんどで、B型はごくわずかです。(但し、他の病気の流行はほとんどなく、待ち時間は0から10分で推移しています)
A型もソ連型と香港型がほぼ同等に流行していることは、A型に2回かかる可能性を示していますが、幸いなことにA型に2度かかった患者さんは、今のところありません。今流行しているインフルエンザの症状については、前回のブログを参照して下さい。
Aソ連型の97%がタミフル耐性であることが、問題となっています。当院でもタミフルを使用していますが、良く効いています。この耐性の確認は、試験管内で行うもの。臨床的に使って、効いた?効かない?の話ではありませんので。これはあくまで実験室での話。今、東京で流行しているのが、A香港型かもしれませんが(老人施設の流行は香港型と判明)、タミフルは有効ですので、心配する必要はないと思っています。十代の患者さんにはタミフルは使えません。リレンザという吸入の治療薬があり、これも良く効いています。
老人施設での流行の問題、ほとんどの方がワクチンを接種していた事実。9月のブログでも、ワクチンの有効性について、私は懐疑的な内容を書きました。「効かないのに、なぜ打つのか?」という疑問。私がワクチンを接種し始めたのは、「ワクチンを打たないのは悪」という風潮が出てきた時からです。もし、今回の問題で、ほとんどの患者さんがワクチンを接種していなかったら?と仮定して下さい。責任者はきっと袋叩きにあっているはず。接種していたから、うやむやになっているだけ。
もしも、子供さんがインフルエンザにかかって、脳炎になったとしましょう。お母さんは親族や周囲から「なぜ、ワクチンを接種しなかったのか」「親の責任」と非難され、一生重荷を背負って生きていくことに。そのような事態はどうしても避けなくてはと思い、ワクチンの接種を開始しました。開業して10年以上、当院ではインフルエンザワクチンを接種していませんでした。
(参考)
平成11年に一つの試みとして、130名の方にインフルエンザワクチンを接種した。4月にアンケート用紙を郵送し、116名から回答を得た。インフルエンザに罹患した方は9%であり、当時の小学校での感染率と大きな差はなかった。インフルエンザワクチンを接種して「良かった」と答えた方は97%であり、「良くなかった」と答えた方はいなかった。また、「来年も接種を希望します」と答えた方は90%であり、「希望しない」はわずか4%であった。以上の結果は家内がまとめて、「インフルエンザワクチン接種後の意識調査成績」というタイトルで、平成12年の小児科臨床という雑誌に掲載されています。この結果を踏まえて、インフルエンザワクチンの接種を開始しました。
(以下9月のブログの抜粋を参考までに)
1000名の子供(大人でもいいが)がいると仮定。インフルエンザのワクチン接種率を30%、インフルエンザの罹患率を人口の20%、ワクチンの発症阻止率を40%と大盤振る舞いで仮定。
接種率が30%なので接種した子供が300名、接種していない子供が700名。罹患率が20%なので、接種していない子供の20%(700x0.2)の140名がインフルエンザにかかった。ワクチンを接種している子供は300x0.2の60名かかるはずが、発症阻止率が40%なので36名(60x0.6)がかかることになる。
全体として1000名の集団で(300名しかワクチンを接種していないが)、176名インフルエンザにかかり、その中の36名がワクチン接種者であるというイメージ。ただしこれは架空の設定。実際に臨床で患者さんを診察している私にとって、「ワクチンが効いている」という感覚はおきないのではないか?インフルエンザワクチンの有効性は、私の頭の中では霧に包まれている。

インフルエンザの流行と日曜診療

今年になって大人でA型インフルエンザの流行がありました。今日(金曜)ぐらいから、中学校や小学校、幼稚園でインフルエンザの流行の兆しが見えてきました。症状は高熱(38度ぐらいの患者さんも散見されますが)、全身倦怠、ノドの痛み、悪寒、関節痛、タンのからんだセキといった、典型的な症状です。
今日診断された患者さんの家族は、日曜日ぐらいに発症するかもしれません。1月18日(日曜日)の午後4時から4時半まで、30分間診察します。発熱やセキの方は来院して下さい。日曜日は久しぶりの雨かもしれません。月曜日も雨?
当院の混み具合については、ほとんど混雑はなく、土曜日の11時過ぎを除いて、待ち時間は0から15分で推移しています。現在流行しているのは、インフルエンザだけですね。平日の午後は感染症の患者さんもほとんどなく、予防接種と健診がお薦めです。

院長の独り言

年が明けて、静かな日々が続いています。待ち時間は0から15分ぐらい。予防接種と健診がお薦め。以下、私の独り言です。個人名が出ていますが、ほとんど公人ですので、ご容赦下さい。お母さんには了解をとっています。私の個人的な意見であり、不快な点もあろうかと思います。無理せずに途中で、読むのを中止して下さい。文体も論文調になっていますが、これが本来の私の文体。これもご容赦を。
去年の話になるが、大晦日の12月31日にオペラシティで「アイ ラブ ベートーベン」というピアノのコンサートがあった。日本を代表する若手ピアニスト16名が、30分ずつベートーベンの曲を弾く。そのトップバッターが、以前にこのブログで紹介した小林愛実ちゃん。家内と娘二人で聴きに行った。忙しい大晦日で、30分だけ聴いて帰宅(30分で1000円)。実に効率の良いおもしろいイベント。この愛実ちゃん(中学1年)はとても普通ではない。というより、はっきり言って異常(良い意味で)。私は音楽は大の苦手。でも、人間の才能と感性には、非常に興味を感じる。
さらに昔、35年以上前の話に飛ぶ。大学1年の3月、私は南紀白浜(和歌山県)のはずれに滞在して、磯の生物の観察を。ふと「崖の上には何があるのか?」と思い、海岸から崖をよじ登ってみた。着いた所に小さな芝生があり、平屋の建造物を発見。入り口を見ると、「南方熊楠博物館」と書いてあった。先日、テレビのクイズ番組で「南方熊楠」の読みが問題に。「みなかたくまぐす」。当時、私は全く知識がなく、興味を持って入館料を払わずに中へ。誰もいない博物館で2,3時間熱中。熊楠の資料を見て、腰を抜かすほどビックリ。まさに日本最高峰といわれる「知の巨人」。
1867年に和歌山で生まれた熊楠は、動植物や菌類の研究で、世界的に知られた学者である。一番衝撃を受けたのが、十代の半ばで英国の菌類の書物を、熊楠が書き写したもの。毎日20ページぐらいを見て、家に帰って記憶をたどってすべてを書き写す。図も絵も、内容も全く間違わずに。どのような頭をしているのか?と当時は思った。これは、おそらくphotographic memory。文章を横に覚えるのではなく、全体を写真で撮るように、正確に記憶する。この能力を持っている人が、ごくまれに存在する。
愛実ちゃんと話をしていて、この南方熊楠を思い出した。そのくらいの衝撃。おそらく、愛実ちゃんは楽譜について、このphotographic memoryの才能を持っているはず。一度楽譜を見ると、音符の順番を覚えるのではなく、楽譜全体が写真のように記憶され、おそらく音に再生される。そして、それを指を使って思い通り、自由に表現できる。この才能は半端なものではなく、普通の人間では絶対に不可能。私が愛実ちゃんに興味を持っているのは、その点にある。
元旦に高尾山に初詣。京王電車の中の広告に、1月27日(火曜)にオペラシティで、ソ連の有名な指揮者と東京ニューシティ管弦楽団を交えてのコンサートの宣伝を見つけた。7時からなので、何とか間に合うだろう。家内と聴きにいきたいと思っている。
私個人としては、このような才能を持った子供を育てることは、非常に大変なことだと思っている。「家の中にダンプカーが飛び込んできた」ようなものだ。他の家族を巻き込み、全く手出しができない。これは大変なことである。私はむしろ家族の方に同情している。でも、愛実ちゃんの才能は、個人のものではない。本当に能力のある人間は努力とは、あまり縁がないだろう。後は自分の気持ちとの戦いと運。愛実ちゃんの才能がさらに開花することを願っている。
(追記)
南紀白浜に滞在したのが3月。吉野熊野は有名な杉林がある。今までで一番花粉症で苦しんだのが、この時である。くしゃみは止まらず、夜は鼻づまりで眠れず。もうすぐ嫌な季節がやってくるなあーー。

日曜、休日診療について

11日と12日は連休になります。幼稚園や小学校も始まったばかり。大人でのインフルエンザの流行は少しありますが、とても静かな年始です(年末の3分の1ぐらいですね)。
1)11日(日曜日)の午後4時から5時の1時間、診療します。
2)12日(祝日)の午後4時から5時の1時間、診療します。お困りの方はどうぞ(全く混まないと予想)。
それにしても、この2日で急に寒くなりました。この後にくる空気の乾燥で、インフルエンザの流行が本格的に始まると予想されます。1月の下旬は要注意ですね。いよいよ、入試の季節になります。体調良く受験できるように、援助できればと思っています。

2日間の休み、有難うございました。

病気の少ないほんの僅かなタイミングでしたが、2日間も休診にして、大変申し訳ありませんでした。しかし、病気がゼロということはなく、当院にかかりつけの患者さんで、突然の発症で途方にくれた方も多くおられたはず。ご迷惑をおかけしました。
この2日で盛りだくさんの予定をこなすことができました。まず、歩くこと。昨日はアップダウンのコースを5時間ほど歩いて、足腰の鍛錬。およそ25000歩。それから、プールでアクアウォークと、肩のストレッチを2時間。夜は会議。
今日はアクアウォークの後に、ある自治体の保健所に。私が静岡のこども病院に勤務していた時の同僚で、小児泌尿器科を専門にしていた友人がいます。その友人が4カ月健診で、腎臓の異常(低形成、水腎症、膀胱尿管逆流などの先天性の病気)をチェックするために、超音波(エコー)検査を行うというので、家内と見学に。
東京から車で1時間半ぐらいの都市。4ヶ月健診を小児科医が行った後、全員に超音波の検査が義務付けられています。50名弱検査をしましたが、幸いなことに、全員異常なし。保健所の方も、健診をされた小児科の先生方も、我々の見学を快く受け入れていただき、うれしく思いましたね。そして、この超音波での腎臓健診、全国に先駆けて15年も行っていること、1.5%に異常が見つかって、治療に結びついていることに、大変誇りを持っていると感じられました。残念ながら、このシステムは東京にはありません。
外来で高熱が続いて、検査で膀胱尿管逆流現象(膀胱から腎臓の方に尿が逆流することで、腎盂腎炎をおこす)や水腎症が見つかることがあります。腎臓がダメージを受ける前に、発見できると、大きなメリットがある。1.5%というとはおよそ70名に1人。家内と超音波の機械を導入するか、話し合いながら帰ってきました。問題は置くスペース。当院はなにせ狭い!6ヶ月か9ヶ月健診でチェックできるように、機械の大きさを考慮しながら考えたいと思っています。できれば春先までに。
超音波の機械の使い方を、友人のクリニックで家内と練習(友人が先生ですが)。腎臓だけでなく、肝臓や膵臓、膀胱、前立腺などもチェック。家内は問題なし。私は軽い脂肪肝と、前立腺肥大の始まり。区の健診表が毎年送られてきます(特定健診を含む)。大声では言えませんが、受けたことは一度もなし。娘たちからはブーイングの嵐ですが、どうにも時間がない。今回、循環器も含めて、チェックができました。血液検査は自分でやりますので。
前立腺癌や大腸癌、疫学的に牛や豚の肉の摂取量に比例。「これからは魚ね、肉は鳥だけ」と家内が宣言。まあ、従うしかないか?
(追伸)
今日(金曜)はあいにくの雨と雪。お子さんを連れて来院されるのは大変です。昨日が雨だったら、と家内と話していました。足元に気をつけて来院して下さい。

仕事始め。なりふりかまわず

明日4日(日曜)が今年の仕事始めになります(診療は午前中です)。大学を出て仕事を始めてから、気を引き締める時には、自分に「一旦仕事に入ったら、なりふりかまわず」と言い聞かせます。つまり「格好をつけないこと」。いい加減な気持ちで仕事に入ると、足元をすくわれて命取りになることを、本能的に知っています。
これは大げさなことではなく、どの仕事にも通用すること。いい格好をしたり、よそ見をしていてうまくいくはずはない。少なくとも、次の次ぐらいは予想して、なりふりかまわず、できる限りのことをする。これが基本だと思っています。新しいカレンダーに目を通して、今年1年のコースが頭に入りました。前半の難所はワンポイントで、3月21日(土曜)になります。
初心に帰って、今年の方針は「なりふりかまわず」ですね。
(追伸)
4日はいろいろな病気や諸事情が重なって、待ち時間が長くなってしまい、申し訳ありませんでした。2時前に仕事を終え、家内と診療内容の情報交換と反省。「なかなか休むのは難しい」という話に。明日(月曜日)も少し混みますが、待ち時間は10から20分ぐらいを予想。その後は病気も少なく、静かになるはず。大変申し訳ありませんが、7日(水曜)と8日(木曜)は臨時に休診させていただきます。

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。今日も快晴。初詣は恒例の高尾山登りです。今年で19回目。年末に帰省していた長女は、当直のため昨日の早朝にリターン。年越しは次女と三女を含め、家族4人で過ごしました。次女も明日の日直のため、今日の夕方には松本に帰る予定。そこで、午前中に4人で高尾山に登ることになりそうです。頂上からノンビリ下りながら薬王院にお参りです。祈ることは健康と安全ですね。健康で事故なく、この1年を走り切ることが第一。
医師になって29年になりますが、家内も私も帰省したことはありません。勤務していた頃は、元旦の朝の感染病棟廻りが楽しみでした。退院できる子供は31日には退院。長期入院の子供は外泊で、病棟はガラガラ。年末に肺炎などで、退院することができなかった子供たちが、わずかに残るのみ。1年で最も静かな病棟を回診すると、「お正月がきた」と感じました。
開業してからは、高尾山を一歩一歩登ることが、お正月の味わいです。無事にこの1年を過ごせた事に感謝しつつ、家内とこれからの1年の方針(1年間の地図ですね)を話し合います。不況の時代、「生活支援の医療」が目標かなあ?今日と明日は、患者さんからきた年賀状の返事書きもします。でも、ゆったりした時間と、ゆっくり食べる事ができるのは、本当に幸せですね。
4日の日曜日は午前中は診療します。少し混むのは、4日と5日(月曜)ぐらいですね。申し訳ありませんが、7日(水曜)と8日(木曜)は臨時休診させていただきます。処置と予防接種で使いすぎた肩のリハビリが目的です。ご容赦下さい。