今日で3月は終わる

明日(4月1日、日曜日)は3時30分から4時30分まで診療します。お困りの方はどうぞ。アレルギーの診断書は書くことはできません。
今日は風が強いですね。毎週土曜日は荒れ模様?今日も天気は下り坂。早めの来院がお薦めです。今日で3月も終わり。旧高校3年生、旧中学1年生、旧年長さんに1年前に送られてきたMRワクチンの接種表の期限は今日まで。お忘れの方はぜひ接種を。来週からは新中学1年生、新年長さんのMRワクチンが開始されます。忘れないうちに、早めに接種して下さい。
やっと、わずかですが桜が咲き始めましたね。来週の週末が見ごろでは?生レバーは摂取禁止になりました。当然と言えば当然。命に関わる問題ですから。10月からの長い半年が今日で終わります。問題なく走り切れたのは皆さんのお蔭です。さあ、今から仕事、仕事。

22年目の春

3月26日を過ぎてしまったが、私と家内には記憶に残る日だ。22年前に全く土地勘のない東京に出てきた。次女の保育園の卒園式の翌日であった。前にも書いたが、開業の準備もあって、3か月間は完全に無職であった。
その次女は28歳になり、3歳であった三女も25歳となった。私も家内もおじいちゃん、おばあちゃんである。月日の流れは早い。当時に比べて、精神的には楽になったが、仕事は相変わらず忙しい。無職の3か月は楽しかったと、私も家内も思っている。緊張感の中から家族の団結が生まれたのかもしれない。もう一度経験したいか?と聞かれたらNoと答えるだろう。今から22年後には、私は80歳になる予定。生きているのか?まともに話ができるのか?という問題はあるだろう。月日の流れはさらに速くなり、ゴールには当然の事ながら死である。
3月も残り2日。進学、就職、転職、転勤など新たな旅立ちにエールを送りたい。私も4月からは、新学期のつもりで、気持ちを新たに仕事に向いたい。またまた私の好きなニーチェの言葉を引用しておこう。「「脱皮しない蛇は破滅する。常に新しく生きていくために、私たちは新陳代謝させていかなくてはならないのだ」「「今のこの人生を、もう一度そっくりそのまま繰り返してもかまわないという生き方をしてみよ」(白鳥春彦氏訳、「ニーチェの言葉」より)

トキ

上野動物園のパンダの繁殖は成功するのか?動物園には展示だけでなく、種の保存という役目もある。何故、日本でやるのか?という疑問は残るが、集客力という面では、大きく寄与しているのだろう。
佐渡から放鳥されたトキの繁殖行動にも、少し興味を持つ。カラスはいるし、なかなかうまくはいかないのではないか?日本のトキは絶滅した時に、日本固有のトキはいなくなったと思った。そこで中国産のトキが佐渡に登場。本来ならば、トキ保護センターの役目は終わり。閉鎖されるべきであった?仕分けの対象?まあ、色々な思いが浮かぶ。
発想を変えてみよう。トキは鳥である。遠くへ飛ぶこともあるし、風に乗ってあらぬ方向に飛ぶことも。迷鳥という言葉もある。中国のトキが迷鳥となって、佐渡に来てもおかしくない。小笠原などの特殊な環境を除けば、鳥に固有種という発想はないのかもしれない。ツバメが日本産か?ベトナム産か?と論じても意味はない。
今は多くの動物や昆虫、植物が日本に入っている。固有種との交配が進み、固有種が絶滅の危機にある?いったい、固有種とは何であろうか?人間だって、九州の固有種、北海道の固有種、アメリカの原住民など、世界中に多くの固有種があったのではないのか?現在は交配が進み過ぎて、ほとんどの固有種が絶滅している?残念ながら、貴重な標本は残っていない。私は九州と中国地方(岡山)の雑種?そのように考えると、固有種にこだわる気持ちが薄くなる。私は実に正当な発想をするなあ(隣で家内が横に首を振っているが)

春の嵐

今夜は花粉にもめげず、家内と芦花公園駅まで散歩に出かけ、今帰宅したところ。明日の午後は時々雷雨の予報。春雷である。3月も今週で終わるのだが、桜の蕾は、まだ硬い。明日は早めの来院がお薦めかも?
就職活動も本格化し、内定の報告に来てくれる患者さんも。就職活動は本当に厳しそうだ。4月からの新たな出発に「おめでとう」と伝えたい。就職できても、離職率も高いのが気にかかる。「会社が永久に存在する訳ではないが、精いっぱい頑張り通せよ」と思わず声をかけた。
「仕事とは自分のためにやるものだ」「仕事とは自分と群れを繋ぐ綱だ」「仕事することはジャングルに身を置くようなものだ。多くの危険と獲物の恵まれている」などという、私の勝手な意見は横に置いて、ニーチェの言葉を引用しておこう。「職業は私たちの生活の背骨になる。背骨がなければ、人は生きていけない」

プライド

今週と来週のテーマは予防接種である。今週は期限が迫ったワクチンの接種であり、来週は年度代わりで接種が開始される予防接種である。忘れている人は早く、忘れないうちに早く接種してほしい。
前のブログで「貧すれば鈍す」と書いた。貧してもプライドを捨ててはならないとも。私流の格言を追加したい。「意味のないプライドは持つべきではない」「威張ったり、恰好を付けるのは、実力のない証である」
意味のないプライドとは、「見得」のことである。威張ったり、感情的に人を非難するのは、「自分は実力がない」と言っているのと同じ。この2つは肝に銘じている。
「威張らない、人の悪口を言わない、人の話を良く聞く人間は、実力があってすごいよ。そんな人間になりなさい」と娘たちに言ったら、「父と逆の人間ね」という答えが返ってきた。私のように暴言と人の言わない(言ってはならない?)ことばかり言う人間の方が、個人的には面白いと思っているのだが、これは自己弁護?

贈る言葉

昨日、医学部に合格した患者さんが来院された。「おめでとう」と言うと、「私は小児科医になりたいと思っています。先生の小児科医としてのモットーを教えて下さい」との質問が。この質問は難しい。私にはモットーとか座右の銘はない。困った私は、「僕のブログ見てる?」と質問。「見ています」という答えが。ついつい「ブログに書いとくからね」と言ってしまった。さあ、困った?
座右の銘などという、洒落たものはないのだが、私自身で考えた主義主張は多くある。その中の1つを送りたい。「自分を大切にできない人間は、他人に優しくなれない」である。一見、自己中心的な考えのように思うかもしれないが、それは間違いだ。自分を大切にできない人間が、どうして他人に優しくなれるのか?自分の仕事を全うできない人間は、人の役には立たない。今からしっかり勉強して、仕事に集中することだ。そうすることによって、結果的に他人を支え、社会のシステムがうまく回る。この言葉を彼女に送りたい。
小児科という仕事は、「子供を育てること」だと、私は思っている。親だけが子供を育てるのではない。保育園に通っている子供は、10時間近くは保育園で生活する。保育士の方も育児の一端を担う。学校も同じだ。勉強や社会ルールを教えるという、子育ての役割を担う。私は「子供の健康」と「子供の発達」という点において、子育てに参加している。私の小児科医としても考えが、少しでも伝われば嬉しい。

雨上がり?

明日は3月最後の日曜日となる。慌ただしかったこの半年が、やっと終わる。インフルエンザも溶連菌の流行も、小学校が春休みに入ったことで、ほぼ終了。忙しい理由は予防接種とアレルギーの相談である。期限のある予防接種や、入園や新学期に備えたアレルギーの対応である。
今朝はほぼ雨も上がった。今日は予防接種とアレルギーがテーマで、忙しい1日になるのだろう。4月に入ると、少し時間に余裕ができるかな?仕事開始の時間が迫ってきた。今日は流石に緊張感がある。早めに来院していただくと助かる。この忙しかった半年の、今日は締めくくりになるのだろう。

院長の独り言(肺炎球菌ワクチン)

この内容は、タイトル通り「独り言」である。昨年の2月にHibワクチンと肺炎球菌ワクチンの同時接種による死亡例が7名あり、接種が一時中断された。在庫の2つのワクチンは返品となって、おそらく破棄されたはず。6月にワクチンと死亡の因果関係は認められないとの見解にて接種が再開された。
問題は肺炎球菌ワクチンで、アジュバントによる(?)副反応が強く、6月のブログでも副反応との因果関係を見るためにも、肺炎球菌ワクチンだけは、原則として同時接種しない方針で臨んでいた。ほぼ9カ月が経過した。肺炎球菌ワクチン接種後に死亡した症例は0ではない(因果関係はないとの判断?)。
私は接種部位の腫れと発熱に注目して接種してきた。この半年、この副反応が少ない。接種部位の腫れも20%以下、接種当日の発熱も10%以下となった。つまり、副作用が少なくなったと感じる。このようなデータは、正確にかつ統計学的に処理すべき問題なのだが、有意差がでると一大事であり、公にはできないデータでもある。だから、ここで私の単なる感想を書いている。
ワクチンを接種していると、「このワクチンは危険だ」「このワクチンは副作用はない」と感覚的に解る。それが臨床である。1年前に接種していた肺炎球菌ワクチンは「危険な代物」であった。最近は「前よりは安全になった」と感じる。何故か?ここは追及してはならない分野だ。「副反応は当たり前」との先入観から、副反応の印象が薄くなったと解釈されるかもしれないが、私はそれほど甘くはない。
「肺炎球菌は原則として同時接種はしない」から、「同時接種を希望されるなら、接種OK」に変更したいと思う。きわどい話を書き過ぎるかな?予防接種の歴史はこのようなものなのだが。
(6月のブログを参考までに)
問題は肺炎球菌ワクチンだ。当院のデータでは接種部位が腫れるのは30%以上、その日の高熱は10%と試算していた。この10日で、5名ほど高熱が出た。2回目は約束通り中止に。発熱は20%を超えるのではないか?経験的に、1回目に発熱した場合に、2回目も発熱している。逆に1回目に発熱しない場合には、2回目も発熱はない。

久しぶりの井の頭公園

インフルエンザもほぼ終息し、溶連菌も少なくなった。昨日も11時には仕事終了。今週のテーマは予防接種。静かな診療となるのだろう。
昨日は義理の息子は仕事があり、ハルと次女が昼過ぎに顔を見せた。お彼岸でもあり、道路は混雑しているらしい。家族4人で、久しぶりに井の頭公園に行くことに。娘たちが幼かった頃は、静岡の日本平動物園によく通っていた。井の頭動物園にも行ったことはある。20年ぶりだろうか?
神田川を歩いて井の頭線の高井戸駅から電車に乗った。井の頭駅で下車して、井の頭公園から動物園へ。帰りも同じコースを。桜の蕾は膨らんではいたが、春はまだ少し先になるのだろう。梅の花が見ごろであった。途中で何人かの患者さんにお会いした。ハルは色々なものに興味を持ち、立ち止まって動かなくなったり、あらぬ方向へ。孫とノンビリ動物園を歩くのも悪くはない?
井の頭動物園2012年3月
風のない静かな1日。井の頭動物園にて。

春分の日

1年間で一番体調が悪いのが春分の日だ。仕事の忙しさや、10月からの蓄積疲労、花粉症などが重なって体調が悪くなるのだが、今年はこの20年で一番調子がいい。仕事がハードではなく、花粉も少ない事情もあるのだが、今年は体調管理に気を使った?昨年は震災や原発事故もあって、精神的にも負担が大きかった。復興は始まったばかり、集中力を切らす訳にはいかない。
前回の内容は不十分だったかも?最近、よく相談を受けるのが不登校の問題。いじめや友人とうまくいかない、学級崩壊など色々な原因がある。小学校や中学だけでなく、高校や大学でも不登校はある。「バイト先では人間関係はうまくいくのに、学校では人が怖い」いう訴えもある。バイト先は先輩、後輩の関係で、時間も短い。力関係が決まっているので、精神的にトラブルは起きにくい。学校はいわば同列の集団。仲よくなり過ぎる事もあれば、憎しみやいじめのターゲットにもなる。
同列にいると「仲よくしなくては」「うまく付き合わなければ」という先入観を持ってしまう。それがうまくいかなければ「自分はダメだ」「人が怖い」となって、学校や会社に行くことができなくなる。同じクラス、同級生、同期、同じ会社で不登校や出社拒否が起こる。学年が違ったり、他の分野に就職した友人とはうまくいく。
「同」という範疇には、大きな愛があり、さらに深い憎しみを生む。精神的トラブルの原因の1つはそこにあるのでないのか?「仲よくする必要はない」「無理をして付き合う必要はない」「波長の合わない奴からは距離を置こう」と割り切ってはどうだろうか?。同級生が気になるのは広い意味で「愛」があるからだ。愛がなければ無視できる。人間は一生で付き合える人数には限りがある。必要のない、波長の合わない人間と付き合う必要はない。私の戦闘服は白衣だ。戦闘服を着た時には、好きも嫌いもない。自分の感情は関係ない。白衣を脱いだ瞬間から、自分の好みでしか動かない。それでいいと思う。「みんなと仲よく」「みんなとうまく」「人から好かれたい」と思うからトラブルがおこるのだ。またまた、話が脱線?

20日はお彼岸。火曜サスペンス(愛と憎しみのーーー?)

明後日はお彼岸。春休みも重なって、人々の移動が始まっている。幹線道路の混雑は始まっている。連休の谷間の明日(月曜日)は忙しい1日になるのだろう。明後日(20日、春分の日)は7時半から10時まで診療します。アレルギーの方の診察は行いますが、診断書を書く時間はありませんので、ご容赦いただきたい。予防接種を忘れている方はどうぞ。期限が迫っていますので。(分散しないと、仕事が終わらない)
(雑談)
このブログで「愛」をテーマに書いたことはない。最近はワープロ機能の発達によって、直接に字を書くことは少なくなった。愛という文字は書きにくい。さらに、愛について考えたこともほとんどない。昨日長女が日帰りで帰ってきた。私が冗談で「愛というテーマで書いてみようか?」と言ったら、長女も家内も、「悪い冗談はやめた方がいい」と止められてしまった。天邪鬼(あまのじゃく)の私は、「書いてやろう」と思って、ハタと書くことがないことに気付いた。
「愛」という言葉で連想するのは、「憎しみ」であり、「同族」である。またまた、変わった事を書き始めた。「同」という文字は要注意だ。作物を荒らす猿は、駆除の対象にはなるが、猿VS人間という戦いにはならない。戦争は人間同士が行う。人間VS人間。困った時には助け合い、一緒に酒も飲む。同族は愛情を持って接するが、愛情があれば、憎しみも湧く。戦争は憎しみの産物でもある。
学校でも同じだ。同級生は結束力がある。しかし、喧嘩をするのも同級生だ。学年対抗で喧嘩をすることは、まずない。仕事も同じだ。会社の同期も研修を一緒に受け、酒も飲む。同期の桜はお互いに愛を持つが、将来は深い憎しみを持つ。愛があるからこそ、憎しみを持つ。同じ家族、同業者も同じだ。
私は医者なので、同業者は気にかかる。「こんな処方をして」とか、「もっと頑張ってほしい」という感情が生まれる。違う業種の人には、そのような感情はわかない。良い意味でも、悪い意味でも、同業者は気にかかる。同じ志し、同じような勉強をして、資格も同じ。良く言えば親しみであり、愛だと思う。同じ家族、同級生、同じクラブ、同窓生、同業種など、共通分母を持つ場合には、特別な感情を抱く。それは広い意味での愛であり、時に深い憎しみを生む。私は運命を共にする家族を除いて、「同」の付く人種とは、極力接点を持たないようにしている。変わった発想かもしれない
30代までは逆だと思う。同級、同窓、同期を切磋琢磨し、ということは「愛と憎しみ」の中で葛藤することで、群れで生きるルールを学ぶ。私は学生の頃は、ほとんどの人間の家族構成、知的レベル、思考レベルを頭に入れていた。そこが人間学の面白い点だ。40歳を過ぎてから私は仕事以外では、人との付き合いを断ってきた。これは私の哲学である。群れに属すること(同)は、深い愛情を持つ。しかし、「愛が大きければ、憎しみも深い」事を忘れてはならない。テーマがいつの間にか、愛から憎しみに変わっている?本当に、無茶苦茶で支離滅裂な事を書く!

今日はアレルギーの日?

小雨がパラついています。今日は1日雨の予報です。書きたいことはあるのですが(本論に入っていないテーマが多い!)、この時期は流石に時間がありませんね。インフルエンザも溶連菌も少なくなりました。今日はアレルギーの診断書書きの日と思っています。時間がかかって、腕も肩も痛くなるのですが、雨に救われたかな?どちらにしても、日曜、火曜と飛び石連休になりますので、月曜日も大変でしょうね。まあ、これが仕事ですから。雨が降っていると、何だか気が緩むなあ。

個性の差

子供を見ると、直感的にその子の個性が見えてくる。多くの子供たちの成長を見てきた経験もあって、近時的な予想は70%ぐらいは当たっていると思う。この数字は自画自賛ではなく、桁違いの数字だ。私の最大の能力は予測力。同級生でも「こいつはどういう能力を持って、どのような人生を歩むのか?」と必ず考える。付き合いが途切れて、回答がほとんど得られていないのが現状なのだが、10年という時間を区切って考えるならば、70%近くは当たっていると思う。
10年を超えると、家庭環境の変化、時代の変化、経済力、結婚、アクシデントなどが加わって、かなりの誤差が生じてくる。3人の娘たちと、全く知らない東京に出てきて学んだことは多い。苦労したのか?楽しかったのか?人生に楽しい時間は少ない?何事も経験と、経験からくる予測力が最大の武器かもしれない。
貧すれば鈍す:バブル崩壊後、多くの人生を見てきた。貧しくても、プライドを捨ててはならない。つまり、貧しても鈍になってはならない。貧に陥らないことが最大の防御。
若いうちの苦労は糧になる:年を取っての苦労は、辛さが倍増する。若い時の苦労は役に立つ。
子育ては愛情を持って、「待つ」ことだ:待てない子育てはキレる子供を生む。
思いやりのない言動は、子供を乱暴にする:小さな子供でも親の言うことを聞いている。必ず頭に残る。
はる1歳半&櫂8か月 058
先日、孫が二人揃った。生まれた時から全く異なる個性。一人は人の言うことを聞かない曲者。もう一人はとても素直な子。どこに能力があり、どこが弱点か?まあ、ほぼ推測は出来る。子育てに干渉する気はない。私には孫の将来を見届ける時間はないのだから?

今週のテーマはアレルギー?

昨日のインフルエンザの患者数はわずか5名。溶連菌も4名であった。学期末となって、やっと終息?昨日は予防接種や健診、それにアレルギー検査で来院される方が多かった。検査をすると、後日アレルギーの診断書や指導書を書く必要がある。この時期は時間がかかり、神経も使う。
先週の水曜日から、スギ花粉が本格的に飛び始めた。今年は飛び始めが遅い。短期間に多くの花粉が飛ぶのだろう。今年も目がかゆい。今週末のテーマの1つは花粉症だ。17日(土曜日)と19日(月曜日)は、色々な意味で忙しくなるのだろう。この時期、忙しいのは例年の事だ。転勤や転居の季節でもあり、診察に時間がかかる。その点はお許し願いたい。
MRワクチン、子宮頸がんワクチンなど、時間切れの迫っているワクチンもある。忘れずに接種してほしい。

すみれの花咲く頃

先週の木曜日に、一通のレターパックが届いた。中には土曜日の東京宝塚の花組公演のチケットが2枚。九州の友人が急用で東京に来ることが出来なくなったため、使ってほしいとのメールをもらっていた。急な事でもあり、土曜日の3時半の開演は時間的にもきつい。私は捨てることになると思っていた。
金曜日の夜、急に家内が「行こうよ」と。100%埋まっている宝塚に、空席2つはまずい。それも目立つ席だ。無駄にするのも申し訳ないと、家内は思ったのだろう。2時過ぎの京王線に乗れば、何とか間に合う。
私もこの公演は見たいと思っていた。花組の公演であり、題目が「復活」。花組は越路吹雪や、安奈淳、真矢みきなどのトップスターを生んだ名門であり、学生の頃は今回チケットを送ってくれた友人と、娘役のトップであった北原千琴さんのおっかけを?「復活」はトルストイの原作。中学3年の時に、ロシア文学に初めて接したのが復活であった。この本をきっかけに、ロシア文学にはまってしまった。
土曜日は何とか2時の電車に乗ることができた。30分ほど余裕があると判断して九段下で下車。小雨の降る中、西の丸公園と皇居の中を歩いて日比谷公園へ。15分前に宝塚劇場に着いた。3時間の講演は見ごたえがあり、十分に楽しむことが出来た。当然満席。空席を作らずに良かった。
私は「プロ意識のすごさ」を堪能し、家内はダンスの動きを楽しんでいる様子。歌、踊り、ダンス、演技、演奏すべての能力が高い。そこに容姿とスタイル。この世界は大変だと思う。そこにオーラが加わる。いくら能力があっても、生まれ持ったオーラには差がある。この差は大きい。
帰り道で、「医者で良かったね。この世界は大変だ」と言うと、「血のにじむような努力に、生まれ持ったオーラ。厳しいね」と家内。人間には生まれ持った壁がある。この壁は努力では越えられない。100mを15秒で走る凡人が、必死に努力しても、14秒を切るのがやっと。11秒を切る可能性はゼロ。身体能力の高い人間は、練習することなく11秒で走る。
観客は奥さんの付き合いと思われる男性がパラパラ。昔は男性の観客はほとんどゼロ。「男性が多いなあ」と思った。劇場に着くまで、トップスターの名前すら知らなかった。男役は蘭寿とむ、娘役は蘭乃はなさんであった。偶然にも蘭乃はなさんのサイン色紙をもらってしまった。診察室の飾っておこうかな?(おそらく)33年ぶりの花組の観劇。友人にお礼のメールを送った。

インフルエンザの終息は近い?

昨日は待ち時間が長くなって申し訳なく思っている。2日前にも書いたが、溶連菌?インフルエンザ?ただの風邪?と迷うケースが多く、診療自体に時間がかかってしまう。
先週のインフルエンザは92名、70%がB型であった。インフルエンザは終息に向っている。今週で幼稚園は終わる。発症数はさらに減少するだろう。2日前に症状の説明を書いた溶連菌は52名であった。この数字はすごい。嘔吐を中心とする胃腸炎もあるが、症例数は多くはない。ロタが10名というところ。吐いて、熱が出て、下痢をした場合はロタである。
今週のテーマはアレルギーである。新学期に向けて、食物アレルギー検査や診断書、本格化する花粉症の治療が中心になる。気温も上がり、予防接種や健診には、適した季節となった。期限の迫ったMRワクチンや子宮頸がんワクチンを忘れずに接種してほしい。
今週は多くの幼稚園や保育園で卒園式がある。天候に恵まれ、元気でその日を迎えることができることを願っている。

震災から1年

今日で震災からちょうど1年になる。この1カ月、テレビや新聞等でこの話題は取り上げられてきた。今日の新聞のテレビも「震災から1年」で埋め尽くされている。今更、私が書くべき内容はないのだろう。思いつくキーワードだけを書いてみよう。地震、津波、被災者、仮設住宅、がれき処理、原発、メルトダウン、汚染水、避難区域、復興財源、復興支援、除染などなど。
教訓:想像を超える天災が起こる。安全とは偶然の産物である。歴史の教訓を生かし、精神的にも物理的にも最悪の事態に備える必要がある。情報は正確に開示すべきだ。
問題:震災からの復興。福島原発の処理。今後の原発の再開。復興財源。がれきの処理。除染。
雑感:スーパーから食料が消え、ガソリンスタンドのは車の長蛇の列。交通がマヒして、多くの方が徒歩で帰宅。平穏な日々の有難さを実感。
原発の処理、除染、がれき処理、被災地の復興など、多くの問題が残っている。原発と放射能の問題を除けば、時間はかかるが解決されていくはず。15000名以上の方が亡くなり、3000名以上の方が行方不明。34万人以上の方が避難生活をおくり、11万人以上の方が仮設住宅で暮らす現実。多くの方が直接的、間接的に被害を受けた。私も3.11を忘れない。今日は仕事を始める前に(震災があった時間)、黙祷するつもりだ。

溶連菌警報?

このブログで書いているように、溶連菌の流行がある。この1週間で軽く40名以上。この数字は異常である。インフルエンザやアデノとの合併もある。溶連菌単独の場合も、インフルエンザ(ではないか?)と誤診される場合もある。ノドを見てもなかなか区別がつかない。
1) 発熱がある。インフルエンザは90%以上に発熱が見られる。溶連菌は70%ぐらい?
2) ノドが痛い。溶連菌は高頻度にノドの痛みを訴える。インフルエンザは少ない。
3) 咳はでない。インフルエンザは痰のからんだ咳がでる。溶連菌は咳やハナはでない。
4) 頭が痛い。インフルエンザも溶連菌も、頭痛を訴える。
5) 気持ちが悪い。B型インフルエンザも嘔気を訴えるが、溶連菌は嘔気や嘔吐を訴えることが多い。
6) 発疹が出る。溶連菌は20%ぐらいに、かゆみのある湿疹(アトピー様)が出る。
7) 溶連菌は抗菌薬を長く飲む。インフルエンザはタミフル、リレンザ、イナビルなどの抗インフルエンザ薬。全く薬が違う。溶連菌にタミフルは効かないし、インフルエンザに抗菌薬は効かない。
溶連菌は大流行と言っても過言ではない?3学期が終わるまでは続くだろう。インフルエンザとの合併が多いのが実に困る。

自己評価と他人の評価

自分の評判は気になるものだ。特に若い頃は。それが抑止力となることもある。私は評判は気にならないのだが、評価は気になる。他人が自分をどう評価しているか(他人の評価)と自己評価、どちらが正しいのだろうか?正しいというより、実像に近いのだろうか?
若い頃は「自分の事は自分が一番理解している」と思っていた。他人は嫉妬や先入観、好き嫌いの感情が入るため、他人の評価は当てにならないと。それは間違っていたのではないか?本当に身近にいて、私の事を思ってくれる人の評価は、自己評価より実像に近いのではないか?と思うようになった。年のせい?
人間は自己中心的であり、自分に都合の悪い事は棚に上げ、良い事だけが独り歩きする。そうなると、自己評価は全くいい加減なものになってしまう。先日、昔からの友人が「自伝らしき」本を送ってくれた。実に長い。15ページほど読んで、読むのをやめた。話にならない。最も本質的なことが書いていない。自分の都合の良い事ばかり。最初の1ページから、すべて嘘であった。自己評価以上に、自伝は当てにならない。他人の書いた伝記も当てにならない。真実を掘り起こした良い作品もあるが、子供の頃の読んだ伝記はいかがわしいと感じていた。
話は脱線したが仕事を考えると、「患者さんの評価」と「自己評価」が問題となる。残りは「同業者の評価」だ。同業者の評価は、私は全く気にならない。私は患者さんの評価は、自己評価より的を得ていると思っている。この評価は臨床の場で、肌で感じるものだ。それが仕事のモチベーションになる。

遅まきながら予防接種週間

2004年から予防接種週間なるものがある。「入学、入園前に予防接種を」が目的である。今年は3月1日から3月7日と書いたところで、明日で終わり?とういうことに気が付いた。今日は暖かな日。春一番が吹いたのか?
インフルエンザも峠を越え、(花粉症がなければ)楽しい外出日和になった。やっと予防接種ができる環境に?MRワクチンのような3月末までが期限の予防接種もある。忘れずに接種してほしい。
やっと(?)本格的に花粉が飛んできたようだ。一雨ごとに暖かくなるのだろう。新学期に備えての、アレルギー検査も多い。診断書書きなどで時間もかかる。少しゆっくりとした(時間のかかる)診療となる。春はすぐそこに?

溶連菌の流行

学期末は溶連菌が多くなる。6月末から7月、11月末から12月、2月末から3月に流行する。この3月も例外ではなく、溶連菌が急増している。前にも書いたが、インフルエンザと溶連菌は仲良し。ノドを見ても、なかなか区別がつかない。思い余って検査すると、2つとも陽性になることも。
インフルエンザの治療だけでは解熱せずに溶連菌の合併。溶連菌の診断で抗菌薬を飲ませても、症状は悪化するので調べるとインフルエンザの合併。この1週間は、この2つに悩まされそうだ。3学期が終わると、この2つの疾患も姿を消すだろう。
先週のインフルエンザの患者数は134名で、B型が96名であった。ロタは7名で、今日も4名ほど。嘔吐、発熱、下痢はロタが疑われる。幸いなことに、点滴に至る患者さんはいなかった。卒園式などの重要なイベントが予定されているはず。溶連菌、インフルエンザ、ロタが早く姿を消すことを願っている。

耳かきによる事故

昨日は3月3日、耳の日であった。基本的には耳垢は自然に外に出てくる。また、頭を洗っても、耳の中に水が入ることはない。つまり、耳かきを使ったり、綿棒を使った耳の掃除の必要はない。外耳を擦過することで、外耳に炎症や感染を起こす危険がある。乳児の「耳が匂う」と訴えるお母さんがいる。大抵は「毎日、綿棒で耳掃除」が原因である。つまり、外耳炎。また、両親が耳掃除をする様子を見て、真似をしていて転倒。鼓膜が破れるケースもある。軽い症例では、「耳かきをしていて出血した」ということも。
耳掃除は「百害あって一利なし」と覚えておこう。耳かきを子供の手の届く場所に置いて置いておくのも危険だ。
(報道記事より)
耳かきでけがをして病院に搬送された人は、東京消防庁の管内で、去年までの5年間で380人に上りました。
特に幼い子どもが誤って耳かきを使ってけがをするケースが多いということで、東京消防庁は注意を呼びかけています。
東京消防庁は、3月3日の耳の日に合わせて、管内で耳かき中などにけがをして病院に搬送された人の数を調査しました。
その結果、平成19年から去年までの5年間で380人に上り、自分で耳かきを使うなどした際に誤って傷つけるケースが7割以上を占め、0歳から5歳までの幼い子どもが42%を占め、最も多くなりました。

ウイルス感染と抗菌薬(抗生物質)

インフルエンザもRSも、アデノもウイルスである。当然、細菌を殺す抗菌薬(抗生物質)は効かない。原則としてウイルスの特効薬はないのだが、例外がヘルペス(単純ヘルペスや水痘)とインフルエンザである。インフルエンザにはタミフル、リレンザ、イナビルという特効薬がある。普通の風邪ウイルスやRS、アデノ、ロタウイルスに効く薬はない。
インフルエンザと診断した場合には、抗インフルエンザ薬と軽い解熱剤や、鼻水や咳を止める薬を処方する。抗菌薬は使わない。ところが、それらの薬を使っても、解熱しない症例がある。インフルエンザがきっかけでノドにいた溶連菌が動き出したり、副鼻腔炎や中耳炎、気管支炎から肺炎を起こすこともある。鼻の中にいる肺炎球菌やインフルエンザ菌(ヒブ)が、このような合併症をおこす。
インフルエンザと診断した場合、抗菌薬も飲ませていたら、このような合併症は高い確率で防ぐことができたはずだ。しかし、全例に抗菌薬を処方する訳にはいかない。インフルエンザはハナが少なく、痰はからむが合併症を起こす確率は高くはない。
一方、RSウイルス感染のようにハナや咳、痰が多い場合には、高い頻度で肺炎や中耳炎を起こす。予防的に抗菌薬を使う価値はある。アデノは咳のほとんどない病気だが、ノドの炎症が強く、解熱しない症例がある。予防的に抗菌薬を飲むことで、合併症を防ぐことが出来る。ウイルス感染で抗菌薬を使っても、中耳炎の予防はできないとのデータもあるが、逆の報告もある。抗菌薬は多くの種類があって、治療レベルは医師によって違う。
私は自分の基準で薬を選ぶ。その基準は教科書や他人のデータから学んだものではない。自分の経験とデータに基づいたものだ。ほんのわずかな差が、結果的に大きな差を生む。私の年齢になると、「本を読んで学ぶ」ことは少なく、「経験の蓄積」がポイントになる。当たり前の事だが。

インフルエンザによる転落事故(イナビル使用例)

新しい抗インフルエンザ薬のイナビル(1回の吸入で効果あり)を使用した10歳の小児が、転落事故を起こした。この情報は、10日ほど前に知らされていたが、因果関係不明ということなので、ブログで取り上げるつもりはなかった。しかし、公表されたため、コメントせざるを得なくなった。
現在でも、10歳から20歳未満にはタミフルは処方できない。リレンザとかイナビルという吸入薬を行うのが一般的になっている。先日も「夜中に高熱が出て、外に飛び出そうとした」という12歳の患者さんが来院された。診断はA型インフルエンザ。当時の記憶はなく、なぜ飛び出そうとしたのかは不明であった。幻聴や幻覚があったのだろう。インフルエンザの特徴的な症状の1つでもある。この異常行動にタミフルが拍車をかけるのかは、結論が出ていない。
今年のインフルエンザはタミフルではなく、イナビルやリレンザを使う年齢に多発している。転落などの事故は、一定の確率で起こると予想される。イナビルが原因かどうかは疑問ではあるが、「イナビルを使っていても、異常行動を抑えることが出来ない」と解釈するならば、この情報の意味がある。
インフルエンザはタミフルを飲んでいても、リレンザやイナビルを吸入しても、そして全く治療されなくても異常行動を起こす可能性がある。行動を注意深く見守ることは大切だと思う。