23周目の走行

今日で6月も終わる。当院は1990年7月1日に開業した。開業して22年間走り終えたことになる。7月1日は日曜日で、正確には7月2日が仕事始めであった。今年は22年前と同じで、7月1日は日曜日である。大きなトラブルもなく、22年間仕事ができたことは、患者さん方のお陰だ。この場を借りて、感謝の気持ちを伝えたい。
人生に必要なものは実力である。というのは、悪い冗談。90%以上が運である。私と家内が22年間元気で生活できたのも運。仕事で大きなトラブルがなかったことも運?人の出会いも運。当然、多くの患者さんに出会えた事も運だと思う。私にとってはラッキーな22年だった?出会った患者さんも、同じ気持ちであれば、私は嬉しい。
23周目は1つの節目になるだろう。私が普通のサラリーマンであったら、もうすぐリタイアであり、第二の人生を踏み出すことになる。といっても、性格的に考えると、無事にサラリーマン生活を終えるかは大いに疑問ではあるのだが。「人生、残り少ないのだから、ノンビリと人生を楽しもう」という声もある。私のそのような人生を歩むことはない。、というより、興味がない。
昨夜気温も低く爽やかな風を顔に感じながら、家内と浜田山まで散歩(というより、買い出し?)。往路はこの22年の積もる話を。復路は(まるで箱根駅伝?)この1年の予定を確認。「この1年は、激動の1年になるね」で意見は一致。
私も人並みに(?)、いくつかの悩みや問題を抱えている。悩んで考えるのが人生なのだが、自分だけでは解決できない問題もある。知力と体力がある間に、決着をつけるべき問題もあり、時間が解決するしかない問題もある。これからの1年は、精神的にも苦しい1年になるだろう。
家族や仕事のスタッフが、力を合わせて解決するしかない。仕事は仕事だ。私はプロとして仕事をするだけ。雲間に上弦をを過ぎた月が顔を見せた。年齢的にも、精神的にも、そして肉体的にも節目となる23周目の走行が、明日から静かに始まる。お付き合いの程、宜しくお願いしたい。

消費税と医療

諸費税アップの議論が続いている。このブログで政治の話をするつもりはない。単純に医療の話だ。院内処方の当院にとっても、消費税は大きな問題である。薬剤の購入の指示は、薬を処方する私の担当である。
わかりやすく、1錠が100円の薬があったと仮定しよう(そのような高い薬は、実際には使っていないのだが)。現在、消費税は5%。値引きをしないと仮定して、105円で購入となる。しかし、この薬を売る(処方する)時には、100円に決まっている。院内で処方する薬には、患者さん側が消費税を負担するシステムはない。単純に考えるならば、105円で購入した薬を100円で売る。これが院内処方だ。
我々が購入する薬には、購入する時に当然値引きがある。小児科であり、高価な薬は抗アレルギー剤ぐらい。値引率も高くはないし、もともと消費税を負担している。不良在庫、在庫管理、薬の保管スペース、人件費、手間、そして消費税の負担を考えるならば、(経営的にも)院外処方が楽である。処方箋を1枚書くだけで、処方箋料として680円ぐらい(+色々な加算?)なる。
この消費税が8%、10%に上昇してくると、消費税分がすべて当院の負担になる。しかし、私は院内処方にこだわっている。薬の管理を、私と家内が行っている方が、薬のトラブルは少ないはず。患者さんの経済的な負担も少ない。子供を連れての薬局への移動も大変だし、薬局での待ち時間もない。
消費税のアップは、我々医療機関にも大きな負担となる。ここで消費税の賛否を議論するつもりはないが、消費税が10%になると、経営的にはかなり負担はきつくなる。今月でで開業して22年目が終わる。時代遅れかもしれないが、患者さんの負担を考えると、院内処方を継続したいと思っている。

流行性耳下腺炎(オタフクカゼ)

流行性耳下腺炎(以下オタフクカゼ)について触れておきたい。オタフクカゼはワクチンで予防できる病気であり、ワクチンで100%免疫がつく。しかし、オタフクカゼは2回かかるし、ワクチンを接種して(抗体ができていても)かかる。詳細は2008年8月8日のブログを参考にしてほしい。(古い!)。
今回のテーマはオタフクカゼの診断の難しさだ。「耳の下が腫れたらオタフク」と単純にはいかない。昨年の7月からの1年間で、「耳の下が腫れた」という主訴で来院し、耳下腺が明らかに腫れていたのは22名であった。1名は幼稚園での流行があったので、検査をせずにオタフクカゼと診断した。この診断が正しかったのかは、確証は得られていない。
残りの21名(1歳から14歳、男児15名、女児6名)について血液検査を行った。オタフクカゼ以外のウイルスでも、耳下腺は腫れる。血液検査をせずに、確定診断することは不可能だと思っている。オタフクカゼの初回感染であっても、ワクチンで免疫があってかかっても、2回目の感染であっても、IgM抗体は上昇する。このオタフクカゼウイルスに対するIgM抗体を測定することで、簡単に診断することができる。
測定した21名中、オタフクカゼであったのは、わずか2名であった。今年の2月に1名、6月に1名であり、残りの19名はオタフクカゼではなかった。この結果は、オタフクカゼらしい患者さんの大半がオタフクカゼではなかったこと、この1年でオタフクの流行はなかった事を示している。
オタフクカゼは出席停止の病気であり、今年の3月までは「腫れが完全にひくまで」が条件であった。4月からは「発症した日を0として、5日目まで」出席停止となった。オタフクカゼは10日近く、腫れが残ることもある。今回の改正で、出席停止が短くなったと思われるのだが、実際にオタフクカゼでなかった場合には、2,3日で腫れはなくなる。
IgM抗体の検査は2日で結果が出る。月曜日に検査すれば、水曜日には結果が出て、幼稚園や保育園に通うこともできる。欠席する日数が短くなる。検査をせずに「オタフクカゼです」と診断してしまうと、長期に休むことになるだけでなく、「オタフクにかかったので、予防接種をする必要はない」と考える。大人のオタフクカゼは重症であり、難聴や髄膜炎、不妊の原因となる。
この1年間のデータを見る限りでは、「耳下腺の腫脹」=オタフクカゼと判断するのは危険だ。色々な意味で、疑わしい時には血液検査をお薦めしたい。この1年、オタフクカゼの流行はなかったのだから。

ヘルパンギーナの流行始まる?

毎年6月下旬から7月上旬に、ヘルパンギーナと手足口病の流行がある。先週からヘルパンギーナが姿を見せ始めた。突然の高熱で始まる。ハナやセキは出ない。ノドを見て診断するのだが、発症初期は溶連菌と紛らわしい。通常は24時間以内で解熱。ノドに潰瘍ができて、痛くて「お腹はすくけど食べられない」状態となる。そのため、不機嫌に。解熱して、食事が普通に採れれば、集団生活はOK。
11月のDPT-IPV(4種混合ワクチン)の導入を見込んで、DPTの接種が少なくなっている。これはやむを得ないことだ。今週の待ち時間は5分から15分ではないか?例年通り静かな季節である。

安定志向

安定志向は組織を腐らせ、精神を老化させる?果たしてそうだろうか。子供を育て、教育するには、時間とお金がかかる。子育て中は、どうしても安定志向になる。生活が安定していないと、安心して子育てはできない。そういう意味では、安定志向は悪い事ではない。逆に、安定志向が満たされないために、家庭を持つ人が少なく、少子化を生んでいるのではないか?
安定志向は組織のマンネリ化を生み、保守的な考えに捕らわれる事になる。私は安定志向は嫌いだが、決して悪い事だとは思わない。安定志向には「悪い安定志向」と「前向きな安定志向」があると思う。同じ考えの仲間が集まって、何も考えずに生活する。楽は楽なのだが、組織の活性化はなくなり、いずれ衰退する。災いは自分に降りかかってくる。
「前向きな安定志向」は自分の生活を維持する為に、何をすべきかを議論し、考え抜くことだ。破壊主義ややけっぱちではない。国民の生活をいかに維持していくか?そこに消費税の議論がある。どちらが前向きな安定志向なのだろうか?
私は家庭や仕事では、不要な波風は立てない。言動はいい加減で、破滅主義的に見えるのだが、基本的には安定主義だ(と勝手に思っている)。十代のの若者が安定主義は面白くない。私も若い頃は、安定志向ではなかった。最初から安定志向では、行き着く先は「悪い安定志向」だ。不安定志向の先に「前向きな安定志向」がある?

孤独感と孤独

一昨日の台風はすごかった。風が強く、窓に激しい雨が。風の音、窓に当たる雨の音、色々な物が路上を転がる音。騒がしくてなかなか眠れない。睡眠不足の夜となった。
私は孤独感を感じたことはほとんどないが、眠りを妨げるような音と人にはどうにもできない自然現象に接すると、孤独を連想する。「人は孤独であるべきだ」が持論であった。台風の音や雑踏を一人で歩くと、精神が集中して多くの発想が浮かび、深く考えることができる。静かな夜に、机の前に座って「さあ、考えるぞ」と粋がっても、良い発想は浮かばないし、思考は深くはならない。まして、孤独感を紛らわすために、毎日酒を飲んで騒ぐなど、私は全く興味がない
孤独が生み出す物は「考える」ことだ。私は歩いたり、山に登ることで、孤独を作り出す。人間には考える時間が大切だ。一昨日は台風の激しい音が、孤独を演出してくれた。私のように30年以上も同じ分野で仕事をしていると、心がマンネリ化して、どうしても精神的に保守的になってしまう。心の老化?私はマンネリが生理的に嫌いだ。しかし、考える時間は限られている。
生きる事は戦いである。当然、老いとの戦いでもあり、自分の心との戦いでもある。戦う道具の1つが考えることだ。マンネリは敵?ニーチェの言葉を思い出しながら、台風の音を聴いた。「すべて、始めは危険だ。しかし、とにかく始めなければ始まらない」
私は「孤独感は感じる物だ。孤独は味わい、楽しむ物だ」と思っている。

台風上陸

今日は台風の影響で、午後から雨となった。風ははまだ強くはない。おかげで(?)、午後はノンビリ診療。溶連菌がパラパラ。この天気では予防接種もさすがに少なく、頭の中を整理する時間ができた。データを見ながら悪戦苦闘。考えがまとまらない。こういう時は、一旦小休止だ。
保育園でプール熱(咽頭結膜熱、アデノウイルス感染症)の流行が始まった。潜伏期が長いので、急激には広がらないのだが、7月ぐらいにピークを迎えるのではないか?
今夜遅くには、風が強くなるのだろう。蒸し暑い夕方である。戸締まりをしっかりと。外出は危険?安全第一で過ごしたい。

カイの誕生日

昨日は父の日。朝、当直明けの長女から電話があった。三女からはメールが届いた。次女夫婦とハルとは、一緒に夕食を食べ、ケーキをご馳走になった。「父の日」と言われても、ピンと来ないのだが。
私事で恐縮だが、今日でカイが1歳になった。長い保育時間と病気の連続で、カイも三女夫婦も過酷な生活をしているのだろう。夜に電話で話ができた。昨日、手作りケーキを作り、今日食べる時間があったらしい。良かった。遠くに住んでいるので、元気に生活できることを願っている。子供の成長は速い。私が年を取るのは、もっと速い?

院長の独り言(予測)

人生で大切な能力は、予測する力である。仕事も同じ。患者さんからの情報と、時には検査データを基に、診断して治療する。正確な診断と、必要最低限の治療は当たり前の事。そこに予測力が加わる。
この患者さんは明日はどうなっているのか?1週間後は?病気によっては1年後、2年後を予測することもある。私の興味の1つは、私の予測が正しかったか?という答えだ。人生において、50%当たればすごい。10%で御の字である。診療では80%で合格だと、勝手に思っている。自信過剰の私は、当然100%を目指すのだが、人はも生き物であり、予測不可能な事態も起こる。
問題は答えが出るか?ということ。次の日に急に悪くなって入院したとか、私のアトピーの指導が不満で、他の医療機関にトラバーユというケースも多いだろう。こうなると、私の予測を検証することはできない。検証の確率の高さが重要であり、私の経験値となる。
有り難いことに、「夜中に痙攣を起こして入院になりました」とか、「夜中に中耳炎を起こして、耳鼻科にかかっています」、「発疹が出て、予想通り突発性発疹でした」という、有り難い電話を頂く。この情報は貴重なもので、予測の検証だけでなく、1つの大切な経験となる。「あの患者さんはどうなったのか?きっと良くなったから来なくなったのだろう」では、何の経験にもならない。
救急でかかると、「風邪です。解熱剤だけ。熱が下がらなかったら、かかりつけに」では、答えがない問題を解いているようなもの。患者さんにとっては、大変助かるのだが、医師としては経験にはならない。
人生は先が長いほど、予測は困難になる。逆に「癌が発見されて、何だかホッとしました。これで人生の終点が見えた」と真顔で言われたことがある。最終地点の予測ができた事が心の安らぎに繋がったのだろう。
逆に、小学生や中学生で将来を予測することは、ほとんど不可能に近い。というより、まず当たることはない。「予想通りの人生」と言う人間は、天才かよほどの馬鹿ではないのか?
ところで、私の人生の予測は?前から書いているが、切るカードは残り2枚。できる限りの準備はしているつもりだが、今私の頭にある予測は外れるような予感がする。まだまだ人生、一寸先は闇?

日曜診療

小雨がパラつき始めた。今日も雨の土曜日になるのだろう。明日(17日、日曜日)は3時30分から4時30分まで診療する予定。急患の方はどうぞ。
溶連菌の流行が続いている。一学期が終わるまでは付き合うことになるのだろう。手足口病とヘルパンギーナが流行する季節となったが、ヘルパンギーナは姿を見せていない。手足口病はわずかに発症が見られる。昨年はコクサッキーA6型による超ハデな手足口病が流行したが、今姿を見せているのはコクサッッキーA6による手足口病と推測される。
溶連菌と初期のヘルパンギーナの咽頭所見は、見るだけでは区別は難しい。今のところは、高熱が出て「ヘルパンギーナの発症?」と思われる症例は、すべて溶連菌感染である。7月初旬にはヘルパンギーナが流行するだろう。溶連菌とヘルパンギーナの合併もある?ヘルパンギーナには抗菌薬は不要。溶連菌は抗菌薬で治療する。治療の点で、この2つの鑑別は重要である。
溶連菌以外は、下痢の方がパラパラ。病原性大腸菌やカンピロバクターに注意が必要である。水痘の流行が始まっている。伝染性紅斑(リンゴ病)の流行も続いている。11月からのDPT-IPVの導入を考慮して、DPTの接種を見合わせている方が多い?その影響で、予防接種が少ないため、全般的には静かな6月といったところか?

キャロットタワー

今日の夕方は、次女と医師会館に出かけました。次女が医師会に入会し、その挨拶と手続きに付き合うことに。運転は次女に任せて、私は医師会館までのナビ役。次女が仕事を済ませている間の1時間、私はフリーに。
世田谷通りを三軒茶屋までノンビリ歩いてキャロットタワーに到着。周りは色々な店があって、とても賑やか。何を買うでもなく、目的があるわけでもなく、いつもの如くただ歩くのみ。飲食店も面白いし、雑貨店もいい。活気がある大通り、居酒屋の並ぶ路地。十分に楽しめましたね。
ちょうど22年前の6月、私も家内も医師会に入会しました。次女と同様に、医師会館(おそらく同じ部屋)で医師会長の挨拶を聞き、私の自己紹介をした記憶があります。当時は36歳。医師会員の平均年齢より、圧倒的に若い新入会員でした。22年前の6月に入会した医師は4名。私と家内と、あと二人。一人は既に亡くなり、もう一人は閉院しています。
三軒茶屋からの帰りは、遊歩道を使って医師会館までテクテク。次女は当時の私よりさらに若い!時の流れも速い?

八幡山

昨日は雨の1日であった。気温も低く、肌寒い。超クールビズ(スクラブ1枚と短パン姿)では、さすがに寒い。夜は雨の中、八幡山に出かけた。家内は上北沢に買い物。久しぶりの別行動。八幡山は活気がある。人も多いし、歩く速度も速い。店も多く、明るい。上北沢は静かだ。よく言えば閑静であり、悪く言えば活気がない。閑静もよし、活気があるのもいい。夜の散歩の楽しみの1つは、色々な駅の雰囲気が異なることだ。
八幡山は変わったと思う。新しい店も医療機関もできた。私の主な目的は書店なのだが、3つぐらいあった個人書店はなくなって、1つに集約されてしまった。便利は便利なのだが、個人書店には個性があった。何だか寂しい感じがする?
帰りにスーパーに立ち寄った。バナナと割引になったカットスイカを仕入れて帰宅。この2つとも、上北沢で買い物をした家内とかぶってしまった。並べてみると、全く同じのグレイシオバナナ、熊本産のカットスイカ。顔を見合わせて大笑い。買い出しに行った家内はセッセと荷造り。食糧事情の悪そうな三女とカイに送るために。

細菌性胃腸炎の増加

エロモナスというブログを書いた。今回も食中毒の話だ。5月からウイルス性胃腸炎が少なくなって、便の検査で病原性大腸菌やカンピロバクターなどの食中毒菌が検出される割合が増えてきた。40%近いのではないか?特徴は長引く下痢と血便である。昨年はO-157だけでなく、O-111が産生するベロ毒素によって起こる溶血性尿毒症症候群が話題となった。
この調子でいくと、今年の夏もO-157やO-111に遭遇する機会があるのかもしれない。腸管出血性大腸菌は保健所に連絡する必要がある。私の予感は当たることが多い。当たらないことを祈ってはいるが。肉の取り扱いには、十分に注意をしてほしい。

院長の正論(守備範囲)

「尿浸透圧あるいは尿比重の低下に伴う夜尿症」の治療薬のミニリンメルトOD錠1(一般名:デスモプレシン酢酸塩水和物)が発売された。夜尿症の子供にとっては朗報である。しかし、私は夜尿症に手を出すつもりはない。夜尿症の治療として、水分摂取を控える、三環系抗うつ剤、抗利尿ホルモンの点鼻、アラーム療法などがあるが、私は夜尿には興味がなく、長期の治療経験もない。つまり、経験不足である。
経験不足の分野に手を出すほど、私は若くはない。仕事には守備範囲というものがある。外野を守っていた人間が、小学生の頃に投手をやっていたのでという理由で、急にマウンドに立つのは論外である。プロの世界では笑い話。医療の現場では笑い話では済まない。
20年前、研修医の時に胃がんの手術を10例ほど手伝った事があるという医師に、自分の命を預ける患者さんは絶対にいないだろう。仕事はプロがやるもので、素人が手を出すものではない。何百例の経験があっても、ブランクが5年もあれば、プロではない。その意味で、すべての科を経験する初期研修医制度は、ほとんど意味がないと思っている。
医師になるのは6年かかる。1つの守備範囲を守れるようになるには、そのポジションで練習し続けなる必要がある。「投手もできるし、捕手も、外野もできる」人間は役には立たない。その意味では、今の初期研修医制度は患者さんにとっても意味がないのかもしれない。一人前になる時間を奪う制度?第一線で働くこと時間は限られている。娘たちには、子育ての時間も必要なのだから、「時間を無駄にするな。最短で」と教えてきた。
私の守備範囲はアレルギーを感染症である。昔は免疫不全や膠原病も守備範囲であった。開業してこの疾患に出会うことは、本当に少なくなった。使わない技術や知識は、サビついていく。私の興味は感染症とアレルギーを深く掘り下げることだ。探究心を失った仕事は面白くない(と勝手に思っている)。

雨の土曜日

雨の音で目が覚めた。今日は日中は雨の予報。流行している病気は溶連菌感染のみ。少し静かな土曜日になるのだろう。診療以外の仕事はますます蓄積される一方。困ったもので。
先週は予防接種へカイが帰省した。3ヶ月ぶりの帰省。三女夫婦ともに当直や仕事に追われているのだろう。自分たちの食事も取れないようで、やせていましたね。カイの食事は頑張って作っているようですが、病気の連続でカイの体重も増えず。保育園生活ですから。土日も保育園ということもあるようで。家内も心配していますね。「保育園生活は過酷だわ」と言いながら、せっせと食事を作っていました。働くお母さんを支えるのも、我々の大きな仕事の1つですから。
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久しぶりに揃ったカイとハル。二人の目線の先にはカイの母親。仕事も生活も大変そうだが、経験を積むしかない。

ヘラクレス.ヘラクレス

昨日は全く私的なブログを書いてしまった。今日は新人の登場である。昨日患者さんから、生まれたばかりの(?)ヘラクレスオオカブトをいただいた。前のブログのサキシマヒラタもツシマヒラタも、患者さんからいただいたクワガタである。この場を借りて、お礼申し上げたい。
クワガタ党の私でも、ヘラクレスは別格である。昨年のゾウカブトの羽化不全もあって、大きなカブトを飼ってみたくなった。今は私の診察室で、静かに暮らしている。エサの好みを観察?静かなカブトであり、性格は優しい?
男の子は一度は見てみたいし、触ってみたいと思うだろう。「ぜひ、多くの方に楽しんでほしい」という好意が嬉しい。長生きしてほしいものだ。
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模型のようなカブト。美しい姿だ。虫の苦手なお母さんも多いのでは?子供たちが喜んでくれたらと思っている。

別府市立南立石小学校(O君からのメッセージ)

前回のブログで私の帰省の話題を書いた。今日、ブログの拍手のコメントに、小学校の同級生であったO君からメセージが届いていた。「同窓会開催お願い致します。還暦が良いのでは?期待してます。」と最後に書かれていた。私的な話で恐縮だが(いつも私的なのだが)、O君とは中学校が違っていたため、小学校を卒業した後で、会った記憶がない。実に懐かしい。学校の教材を取り扱っていた店の一人っ子?実家を継いで、別府で暮らしているはず。コメントをいただき、うれしい。この場を借りて、「有り難う」と伝えたい。
還暦という言葉に、ハッとした。1年1ヶ月で、何と還暦である。時の経つのは早い。孫の成長も早いのだが、先日「昔に戻りたいとは思わないね」という話になった。子育ては無我夢中で、時間が過ぎていった。子育てが終わった今の方が気が楽?しかし、飛蚊症にはなるし、使い過ぎた肩は痛いし、歯もガタがきている。今からは老いとの戦いである。
懐かしいO君のメッセージを読んで、還暦とクラス会という言葉が、頭にインプットされた。少し心が動いた?
2008年、別府
4年前の夏、荒金先生とのツーショット。家内が撮影してくれた。先日もハガキをいただいた。懐かしい字体。お元気そうで安心した。

8月の帰省予定

昨夜は家内と新宿に出かけた。新宿を歩くのは半年ぶりではないのか?JTBで帰省の手配をする目的で。去年とは違って、宿を取るのも、座席を確保するのも難しいと予想していた。
例年ならばお盆に働き、8月の下旬に帰省をするのだが、今年は色々な事情も重なって、8月下旬の帰省は時間的に無理だと判断した。週末のホテルを予約するのも難しい。そこで、3泊4日の帰省を、2泊3日とし、平日に移動することにした。さすがに、すんなりとはいかなかったが、すべての手配が終わった。
8月7日(火曜日)から9日(木曜日)までの帰省となる。1ヶ月以上も先のことなので、鬼が笑いそうだが、この3日は私と家内は不在となる。急患の方については、次女が対応する予定。ハルの保育園の送迎があるため、9時から4時まで、診療を次女に任せたいと思っている。夏休みで子供たちも病気も少ない季節。ご了承願いたい。
1年ぶりの帰省。母と姉に会いたいと思っている。2泊3日でなので、移動時間を考えると、時間的に余裕がないのがつらいところだ。まあ、先の話ではあるのだが。早めにお知らせを。

検尿

相変わらず溶連菌感染は多い。溶連菌は合併症が問題となる。急性糸球体腎炎とリウマチ熱だ。急性糸球体腎炎とは溶連菌感染後に起こる血尿、蛋白尿、浮腫、高血圧、腎機能低下のことだ。その為、溶連菌の治療後に検尿を行って、血尿と蛋白尿の有無をチェックする。
溶連菌はカゼや胃腸炎と誤診され易く、その結果、血尿や蛋白尿が見逃され、血尿が続くことがある。小学校などの検診で、突然血尿を指摘されて精査ということもある。昔に溶連菌感染があったのでは?と推測されるのだが、確認することはできない。今回のように、溶連菌が大流行した後は、血尿には注意が必要だろう。当院でも、数名の患者さんに血尿を認めている。
話は変わるが、3歳児健診で検尿を行う。2歳以下の溶連菌感染は少ない。3歳児健診で行う検尿は、腎臓や尿管の奇形や尿路感染に伴う血尿、蛋白尿をチェックすることを目的としている。この歴史のある検尿の意義が問われている。結果が生かされていないという結論。これはもったいないだけではなく、患者さんにとっても大きな損失となる。異常を発見しても、放置では意味がない。
当院では6,7ヶ月健診と時に、超音波で腎臓の形態をチェックしている。東京は医療レベルが高く、胎児期か出生児に、異常があれば大半が発見されている。その後に起こる異常のチェックと、チェック漏れを見つけるのが私と家内の役目?
(新聞の記事より)
子どもの腎臓病を見つけるために50年以上続いている3歳児の尿検査について、全面的な見直しが必要とする報告書を、日本小児腎臓病学会がまとめた。4分の3の自治体は、「異常」と出ても精密検査をせず、診断が確定できたのは1割以下だった。腎臓の奇形が分かる超音波検査もしておらず、「意義は少ない」と指摘した。3歳児検尿は母子保健法により、ほぼ全市区町村が行っている。腎臓の病気を早く発見し腎不全になるのを防ぐことを目的に1961年に始まった。9割近くの子が受けており、年間90万人程度が受診している。

院長の独り言(増長)

私が高校の頃から悩んでいたことは、人の好意、優しさ、思いやり、心遣いのやっかいさだ。好意、優しさは大切なのだが、誤解を招く危険がある。人は感謝するより、憎しみを持ち、増長し易い生き物である。
1つのことが許されるなら、2つも、3つも許されると誤解する。1つやってもらえたら、3つ、4つやってもらうのが当然と思う。いわゆる増長である。人に感謝することは難しく、増長することは簡単である。当然、私自身も同じである。
医師をやっていて有り難いと思うことは、仕事自体がストレートに感謝されることだ。本音の会話とこのストレートさが、私を仕事にのめり込む、大きな理由であり、モチベーションとなっている。別に感謝をされたいと思って仕事をしているのではない。仕事は仕事だ。
医療でも必ずしも感謝される訳ではない。感謝されない、または感謝の気持ちが伝わらない分野もある。それも仕事だ。裏を返せば、私の仕事は「憎しみや増長」の被害を受ける危険が少ないということ。本当に有り難い。
「好意は受け入れられ難く、憎しみの感情や増長は簡単に起こる」のは人間の性?人の好意は逆効果になり、悪意の方が評価される。「好意は人の為ならず」頭の片隅に置いておかなくては言葉だ。

静かな6月の始まり

溶連菌とリンゴ病(伝染性紅斑)、軽い嘔吐下痢はあるものの、静かな診療が続いている。待ち時間は0から10分ぐらい。今日は土曜日なので、待ち時間は少し長くなるはず。
待ち時間が短くなった理由の1つが、DPTの接種控え?これは非難ではない。新規にDPTを開始すると、9月から単独の不活化ポリオ((IPV)を4回接種する必要に。DPTもⅠ期は4回の接種なので、DPT接種を始めてしまうと、計8回の接種が必要となる。接種控えもやむを得ない?
国は「11月からDPT-IPVを11月から始める」と宣言してしまった。本当に製造が間に合うのか?十分量の供給ができるのか?という問題を無視して、先走った発表になった。色々調べた結果、「製造と供給は11月までに、十分に対応できる」と推測している。昨年の震災で、北里のインフルエンザの製造がストップしたような、アクシデントがない限りは。
6月から9月は、例年ならば病気の流行もなく、待ち時間もほとんどないので、「予防接種と健診がお薦め」なのだが、今年は新規のDPTとIPV単独(9月から公費になる予定)の接種は少なくなるはず。ということは、時間的に余裕のある夏になる?アトピーが中心の診療となる予定。
「貯まったデータを整理せよ」という天の声かな?「しっかり遊べ」という声にも聞こえるのだがーーー。8月には帰省して母に会いたいと思っている。帰省の手配をしているのだが、昨年とは事情が違う。昨年は震災の影響で、人の移動が少なかった。今年はその反動?まだ、予定が立っていないのが実情である。次女がデータを整理している。データに関連した論文を読んで、知識の提供と議論に加わってくれるのが助かる。今年の夏は、データの整理、アレルギー疾患の診療、帰省がテーマになるのだろう。