新4種混合の接種を開始します。

8月生まれの方には、新4種混合ワクチンの問診票が送られているが、8月1日生まれの方でも、やっと明日から新4混が接種可能となる。ということは、接種対象者は少ないのではないか?まして、ヒブや肺炎球菌ワクチンなどが先行して、新4混までたどり着けない可能性が高い。
新4混の為に接種を控えていた方は、問診票を差し替える必要がある。世田谷区では数十人は変更した模様。昨日の講演会の後、この事態にどのように対応するかを家内と検討したが、なかなか良い案は浮かばない。しかし、当院の冷蔵庫に眠る僅かな新4混を、このまま放置する訳にはいかないと判断。僅かでも役立てることに。
1)当院をかかりつけにしている方。
2)新4種混の問診票が手元にあって、接種可能な年齢と健康状態である方。
3)1回目を接種された方の2回目、3回目のワクチンについては、確保するように手配はする。しかし、100%確保できる保証はないことを、了解いただける方。
この3つの条件で、接種当日か前日に電話していただき、診察券の番号と氏名を伝えて、ワクチンの有無を確認していただきたい。ワクチンがある場合には予約完了となり、当日か翌日に接種可能となる。
当院は基本的には、ワクチン接種も予約制ではない。今回の事態は、新型インフルエンザの時以来の緊急事態。電話予約の件、宜しくお願いしたい。

世田谷区の新4種混合ワクチンに対する対応

今夜、医師会で講演会があり、今帰宅したところ。ワクチンがテーマだった。新4混が入手できないことについての対応。これは世田谷区に限っての対応である。
このブログで、7月以前に生まれた方は、DPTの問診票を新4混に差し替えるように提案した。今回は逆だ。8月以降に生まれた方の手元には、新4混の問診票がある。しかし、ワクチン接種を受ける権利があるにもかかわらず、新4混はほとんど存在しない。
今回は逆方向の話になる。新4混の問診票で、DPT3混が接種できることになった。不活化ポリオ(IPV)の問診票は、今日の講演会で数人分が配布された。つまり、新4混を接種できないので、その問診票でDPTを受け、当院に置いてあるIPVの問診票で、IPVの同時接種が出来るようになった。
DPTとIPVを合体させる話が、新4混を分解して接種することになった。新4混は十分な数量が出荷されている。どこに消えたのだろうか?新4混の登場で、従来のDPTと輸入されたIPVは、ほとんど使われなくなる。接種控えもあって、多くのワクチンが余っているはず?それを使い切るまでは、新4混は姿を見せないのだろうか?
帰りの車で、家内と相談になった。新4混の問診票を持ってこられた方に、「DPTとIPVを別々に」と薦めるに当たって、冷蔵庫に新4混が眠っている状況はあってはならないのでは。少ない本数だが使い切ってから、別々にと言うべきではないのか?しかし、2回目、3回目を新4混で出来る保証はない。さあ、どうするか?
明日、新4混が手元に入る。その本数分は接種すべきだろうか?これは明日のテーマである。

新4種混合ワクチンの接種見合わせ

DPTと不活化ポリオワクチンを混合した新4種混合ワクチン(以下新4混と略す)が、10月31日に入荷する予定。入荷本数がほぼ明らかとなった。出荷数が極端に少ないため(理由は不明)、末端の我々には、極少数しか入ってこない。
新4混は3週から8週の間隔で連続3回、6ヶ月から12ヶ月で追加の1回を接種するワクチンである。1回目を接種して、ワクチンがなくて2回目の接種ができないという事態も想定される。年内の入荷予定を見極めてから、接種を開始したいと思う。接種を開始しても、極少数の方に接種するだけであり、2回目の接種ができないようでは信用に関わるし、申し訳が立たない。
今までお待ちいただいた方も多いだろう。もう少し待っていただくか、DPTと不活化ポリオを同時接種することに抵抗がなければ、同時接種を開始という選択肢もある。途中で新4混に変更もありだろう。
面白くもない予防接種の話ばかりで、大変申し訳ないのだが、さらに正確な情報を集めて、時期を見て新4混の接種を開始したい。家内と浜田山まで散歩しながら、対策を検討した。そして、「当面は見合わせ」という方針を選んだ。末端の我々にはどうしようもないという判断。ご了解いただきたい。

雨の日曜日

今日は予報に反して、午前中から雨となった。7時過ぎ、郵便物を出すついでに、家内と松沢病院を1周した。およそ3000歩。八幡山の薬局の多さにビックリ。夜の散歩とは、景色が違って見える。
政治も慌ただしくなっている。近い将来、米国以外は、国のトップは変わるだろう。政治の停滞で、国債の発行ができず、地方交付税が枯渇して、医療の現場にも影響が出てくる可能性がある。「権利と義務」を考え直す時期が来ている。権利だけを主張して、義務を疎かにしてはならない。
仕事を終え、雨の音を聴きながら、このブログを書いている。時間の流れは速く、あと3日で10月も終わる。今週から小学校受験、いわゆるお受験が始まる。慌ただしい1週間になるのだろう。

新4種混合ワクチンは手に入らないのか?

新4種混合ワクチンの出荷数が少なく、僅かしか入手できない可能性が出てきた。1回接種できても、2回目、3回目が接種できる保証はない。従って、僅かな入手量の3分の1の方しか接種できないことになる。これでは焼け石に水。
現時点では当院で入手できる本数を確認できていない。阪大微生物研究所と化血研の2社が製造する。阪大微研の世田谷区の割り当て(初回分)は、300本足らずという噂が流れている。真偽のほどは解らないのだが、ごく僅かしか入手できないことは間違いない。2回目の接種分も心許ない。十分に製造されており、国家検定も合格していることは事実だ。
不足の理由が分らない。輸入した不活化ポリオが、大量に余っているから?これは冗談である。入手量が少ない場合には、接種開始を延期することになる。また、情報を提供したい。

11月から新4種混合(DPTーIPV)が始まります。

重要な連絡事項を忘れていた。11月から新4種混合ワクチン(DPTと不活化ポリオの混合ワクチン)が接種が始まる。このワクチンは2つの会社で作られており、まだ手元には届いていない。10月31日に手元に届く予定なのだが、十分な本数を購入できるかは、現時点においても不透明である。不足するという噂が流れているが、あくまでも噂だ。
新4種混合ワクチンの接種を希望して、DPTや不活化ポリオの接種を見合わせた方も多いのではないか?一部の見合わせた方については、問診票を取り寄せていただく必要がある。当院では東京23区、調布市、狛江市、三鷹市の方は接種可能である。
新4種混合ワクチンの問診票送付対象者をお知らせしたい。
世田谷区:H24年8月以降に生まれた方。10月25日に発送予定。
杉並区:H24年8月以降に生まれた方。10月29日、30日に発送予定。
調布市:H24年9月以降に生まれた方。
狛江市:H24年8月以降に生まれた方。
三鷹市:H24年8月以降に生まれた方。
それ以前に生まれた方で、新4種混合ワクチンを希望される方は、最寄りの保健所に連絡して、問診票を取り寄せていただく必要がある。 

「不活化ポリオワクチン接種後の死亡」報道に意味はあるのか?

今朝、慌てて「自由と責任」というタイトルでブログを書いた。まさか昼に、もう1つブログを書くことになろうとは?本当に腹が立つ。しかし、触れない訳にはいかないだろう。
不活化ポリオワクチンは、読んで字の如く生ワクチンではない。18日後の死亡と因果関係を云々することは、意味がないとは言わない。医師なら誰でも「因果関係はない」と判断するはずだ。しかし、行政側は僅かでも疑わしい場合には、検証する必要がある。そこに私は異論を挟まない。問題は報道である。「ポリオ不活化ワクチン後に死亡」というタイトルでは、不活化ポリオは怖いという誤解を招く。だいたい、何でもかんでも報道すれば良いというものではない。
先日の移植の誤報も同じだ。検証もせず、裏も取らず、流して良いのかの判断もできない。日本脳炎ワクチンによる死亡例についても同じだ。クリニックや医師の名前を出す必要があったのか?患児は精査されて、アレルギーは否定され、死因不明という結論になった。報道された当初から、「アレルギーではない」と私は意見を述べた。私の専門の1つが、この分野である。以前、日本脳炎ワクチンにもゼラチンが含まれていた。1988年にワクチンアレルギーの原因は、ゼラチンであることを証明したのは私である。その後の研究で、現在の日本脳炎ワクチンは、アレルギーを起こさないと判断していた。ついでだが、以前の麻疹ワクチンに卵の成分が含まれていないことを証明したのも私である。これは自慢ではない。
今回の事例も、日本脳炎ワクチンについても、行政が検証して、結論を出すことは大切なプロセスである。結論が正しいか?誤っているかは、別の次元の問題である。しかし、医師個人の名前を出したり、ワクチンの会社名を報道することは、因果関係を証明できてからにすべきではないのか?
今回の不活化ポリオ接種後の死亡も、ワクチンとの因果関係はないと考えている。
(報道記事より)
手足のまひを引き起こすポリオ(急性灰白髄炎)の不活化ワクチンの予防接種を受けた後、乳児が死亡していたことが24日分かった。不活化ワクチンは従来の生ワクチンより安全性が高いとして9月に導入されたが、死亡が確認されたのは初めて。厚生労働省はワクチンと死亡の因果関係を調べている。
厚労省によると、死亡したのは6カ月以上1歳未満の女児で、9月上旬にポリオの不活化ワクチンの接種を受けた。18日後、おう吐したため病院に運ばれたが死亡した。接種した医師は、時間がたっていることから因果関係はないと判断。救急医は食べ物などが気管に入った可能性があると考えたが、念のため厚労省に報告したという。

自由と責任

森毅先生をご存じだろうか?2年前に他界された数学者で、随筆家でもあった。今の大学生は、1年生から専門の授業もあるのだが、我々の時代は教養2年、専門4年(他の学部は2年)に分かれていた。教養学部は語学や数学、物理などの基礎的な分野を選択して、一定の単位を取得する必要があった。
京大の教養部の数学の教授の一人が、森先生であった。レーポートで単位をくれる優しい(?)先生であり、選択する学生は多く、広い教室はごった返していた。私は1回しか授業に出ていないので、ごった返した1回目の授業しか知らない。どうも、家内も選択していたらしい。
教養学部の時代は、校内にあった「虹」という喫茶店で、マイルドセブンを片手に、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。どのようにして単位を取ったかは定かではない。理学部の友人がレポートを書いてくれた可能性もある。今の学生は、出席を管理されている。まるで小学生の様に感じるのだが、学力レベルと時代の流れなのだろうか。
前置きが長くなった。この森先生が中学生新聞に投稿した(30年以上も前に)「自由と責任」という短い随筆がある。「自由には責任を伴うということには、違和感を感じる」という内容である。「権限には責任を伴うの間違いではないのか?」との指摘も、私は正しいと思っている。さらに、「自由に伴うものは、責任ではなく危険である」も賛成。
自由は群れから外れること。いわゆる群れの中で、ポジションがない事を意味する。ポジションは権限であり、責任を伴う。その見返りとして、組織が守ってくれる。動物の群れでも同じだ。群れから外れた動物は、多くの危険にさらされる。
自由に伴う責任は自己責任であり、社会的な責任ではない。フリーターは自由だが、生きていく基盤は脆弱となる。組織に属することは、時間的にも精神的にも負担を強いられる。その反面、経済的にも社会的にも、危険にさらされることは少ない。私は自由人なのだが、診療所の院長でもある。当然のことながら、ポジションには責任がつきまとう。では、私は自由ではないのか?自由には社会的な自由と、精神的な自由の2つがあると思う。私が目指したのは、精神的な自由だ。重い責任と、精神的な自由、この2つで私は満足である。仕事の時間になってしまった。前置きが長い割には、内容がないなあ。

つながり依存症

NHKのクローズアップ現代で、「つながり依存症から抜け出せない」という特集が組まれていた。ツイッターやフェイスブックには興味がないのだが、患者さんから相談を受けることがある。携帯やネットを「食事をする時も、風呂に入っている時も眺めている。とても勉強に手がつかない」という相談もある。成績は急降下。
相手も顔も解らず、会話をするなど、とても正常な神経ではない。無責任な発言や中傷、根拠のない非難の応酬もあると聞く。そこに精神的な快楽と自己満足があり、精神的に依存してしまう。「なぜ、食事中も携帯を眺めているのか?」と質問したことがある。「だって、いつ相手から応答があるか解らない。すぐに返信しないと」という。「ところで相手はどんな人?」「35歳の男性らしい」中学生との会話である。
相手の名前も、年齢も確認できていない。すべて「らしい」である。「相手の顔を見て話をしろ」と強く言った。顔を見ないで話をすることは危険だ。少し頭が良ければ、簡単にマインドコントロールもできるし、犯罪だって可能だ。間接的に殺人だって出来てしまう。このようなツールは便利であり、役に立つこともある。しかし、マイナス面が大きい事を忘れてはならない。
私はブログで意見の発信はするが、無責任なツブヤキはしない。「繋がっている感じ」だけの間柄など、人間関係とは言わない。顔を突き合わせて会話をしたり、一緒に食事をするのが、本当の人間関係だ。そういう意味では、私自身が人間関係を構築できる人数は、ごく限られていると思っている。それでいい。顔を合わせたこともない人間が会話をする事など、私は全く興味がない。

流行している病気

たまには、流行している病気の情報も必要?この1週間で、RSウイルス感染が11名、溶連菌が8名、嘔吐下痢症8名、アデノ(プール熱)が1名、水痘が1名といったところ。インフルエンザは0であった。
保育園や幼稚園で、ハナ、せき、熱のカゼの流行はあるが、全体的には静かな秋である。インフルエンザワクチンの接種も少し増えてきたが、例年に比べて接種数はやや少ない。ヒブや不活化ポリオなどの新参のワクチンがあるため、午後の時間帯で急に混雑という現象はある。
今週の待ち時間は、10分から30分?土曜日は混雑するはず。取りあえず、現況報告まで。

経験値

忙しくなると、患者さんの経過をじっくり考えることが出来なくなる。経験は宝だが、ゆっくり考察できない経験は、経験値という点においては、ほとんど意味がない。救急の場で、「熱が下がらなかったら、かかりつけに」という指導では、経験を積んだことにはならない。
「1例、1例、丁寧に診察せよ。そして、じっくり考察しろ」と娘たちには教えてきた。論文を書く意味は、考察する練習である。家内と散歩をしながら議論するのが、考察を書くことと同じ意味を持つ。最近はなかなか時間が取れないのが困る。次女もナツとハルの世話に追われ、私とゆっくり議論出来ないのが辛いところだろう。
ニーチェの言葉を引用しておこう。「「体験しても、あとでよく考察しなかったら、何にもならないのだ。どんな体験をしても、深く考えてみることがなければ、よく噛まずに食べて下痢をくり返すようなことになる。つまり、体験から何も学べていないし、何も身につかないということだ」(ニーチェの言葉、白鳥春彦訳より)

日本脳炎ワクチンの接種は継続します。

予防接種の話題が続いて、大変申し訳ない。昨日の朝も書いたのだが、当院では国の方針が出るまでは日本脳炎ワクチンの接種は続ける。情報はあるのだが、個人情報の問題もあり、詳しい話を書くわけにはいかない。個人的には、ほぼ結論が出ている。しかし、前回の日本脳炎ワクチンの中止決定を見ても解るのだが、正しいか正しくないかとは別に、国として見解を出さなくてはならない。
前回も書いたのだが、日本脳炎ワクチンでアレルギーを起こすことはない。アナフィラキシーとは考えられない。どのようなケースでもそうなのだが、心不全か気道閉塞が原因という結論になるだろう。その場合、基礎疾患の有無と、服用薬剤の有無が問題となるだろう。
予防接種には、ワクチンそのものの副反応だけでなく、色々なリスクがある。接種する我々も、接種を希望される方も、このリスクを背負っている。当たり前のことなのだが。

日本脳炎ワクチン接種後の死亡例

日本脳炎ワクチンは一時期中止されていた。細胞培養による新しい製法によって、新しいワクチンが作られて、再開された。しかし、中止されていた影響もあって、通常なら3歳から4歳で接種されるべきワクチンを、小学生が接種している実情がある。現在使われている日本脳炎ワクチンは2社から販売されている。今回の事例が、どちらのワクチンなのかは、明らかにされていないようだ。
今回の情報から、私見を述べたいと思う。
1)現在使われている日本脳炎ワクチンで、アレルギー反応を起こすことはない。今回の事例にアレルギー体質があったか?は不明。時間的経過は合致するのだが、蕁麻疹や咳という症状が出てから、ショックに至る。情報を見る限りにおいては、アレルギーとは考えられない。
2)日本脳炎ワクチンが原因である可能性はある。他に原因がなかったのか?という点も含めて、詳しい検証が必要であると思う。
3)原因が明確になるまでは、いい加減な報道 は避けるべきだ。
4)今朝家内と対応を協議した。一時中止にはせず、このまま接種を継続し、調査の結果を待つという方針で当面は対応したい。
(新聞報道より)
17日午後5時15分ごろ、岐阜県美濃市藍川のリニックで日本脳炎の予防接種を受けた同県関市の小学5年生の男児(10)が約5分後に意識不明、心肺停止状態になり、約2時間後に搬送先の病院で死亡が確認された。県警関署が死因を調べている。
 同クリニックや同署によると、男児は母親(36)に連れられ、妹と一緒に予防接種を受けた。妹に異常はないという。男児は本来は3~4歳で計3回受ける「1期接種」を受けておらず、今回初めて接種を受けたという。

卵と母乳

ナツが生まれて、今日でちょうど1ヶ月になった。正確に言うと、1ヶ月と1日?明日は1ヶ月健診。午後からなのでバーバの付き添いで、健診に出かけるのだろう。
以前もブログで書いたのだが、私もアレルギー体質、次女もアレルギーがあるので、ハルの授乳中は、次女は卵を完全に除去していた。お陰で(?)、ハルは軽い牛乳アレルギーが確認されたものの、卵は陰性。今では卵も牛乳も普通に摂取できている。
今回も次女は卵抜きの生活になった。買ってくるのはみたらし団子やよもぎ餅。成分を確認しながらの買い出しである。半年ぐらいの除去で、卵アレルギーを防ぐことが出来るなら、除去した方が楽である。誰でもが除去する必要はない。アレルギー体質の強い親や、兄弟に食物アレルギーがある場合には、除去するのが近道。
三女もカイを育てる時には、卵を除去していた。急がば回れ、危険な物には近づかないことが、アレルギー治療の基本である。時々、みたらし団子をつまみ食いしたら、「誰が食べたの?」という声が。

歌姫

今日は静かに仕事が終わった。明日でナツが生まれて1ヶ月。バタバタした生活も、少し楽に?行く時間はないと思っていた劇場版「歌姫」、「今日、行こう」という話になり、一風呂浴びて、6時44分発の電車に飛び乗った。京王多摩センターで降りて、ワーナーマイカルへ。7時25分の開演に間に合ったものの、夕食はサンドイッチになってしまった。
中島みゆきの歌を堪能して、10時半に帰宅。何とも慌ただしい生活だが、少しの時間でも有効利用?「行くことが出来て良かった」と家内。最後の歌は「時代」であった。流行した時期は、私も家内も大学の2年生。知り合った頃は「リバイバル」が流行していた。「雪の降る米原駅の、小さな喫茶店で聴いたリバイバルは心に浸みた」という話に。
中島みゆきは歌がうまくなったと思う。今が一番うまい。娘たちも大ファン。今年は国際フォーラムで、コンサートがある。時間を見つけて、「二人だけの忘年会」を企画したい。

休日のインフルエンザワクチンの接種

明日(火曜日)は保育園の秋の健診のため、副院長は1時から2時半頃まで不在となる。午前中の来院がお薦め?
インフルエンザワクチンの接種が、少しずつ増えている。休日に接種を希望される方も多い。
11月4日、11月18日、12月2日、12月16日の日曜日、午後4時半から6時までを、接種時間とする予定。価格は1回について2500円。お知らせまで。
9月から今まで、インフルエンザの患者さんはわずか3名。すべてA型である。
11月からDPT-IPVの4種混合ワクチンがスタートする予定。11月は予防接種に追われることになりそう?時間のある時に、早めの接種をお薦めしたい。

地元の娘とは結婚してはいけない。

前にも書いたことがあるが、「大分以外の出身の女性と結婚してほしい」という母からの依頼であった。小学校の低学年の時に、「地元の女性とは結婚しないでね」と言われた。そんな事、私の勝手だろうと思ったが、一応頭に入れておいた。親戚付き合いが面倒だと言う意味に解釈していた。私は田舎の近所付き合いに気を配っていた祖母を見て育ったので、私は母の意見は妥当だろうと判断していた。
まあ、偶然も重なって、母の希望は叶った。3つ目の依頼は、「頭の良さは、母親から受け継がれる。私は頭が悪い。君も頭が悪い。大変申し訳ないのだが、こればかりはどうしようもない。だから、自分より頭も良い相手と結婚しなさい」という、無謀なものだった。
おそらく、この2つの願いは叶った?母は家内をとても気に入っていた。私は強く願っていたわけではなく、偶然の産物だとは思っているが、母は満足していたので、結果オーライ。家内は「九州出身でなかったことが幸いしたのね」と、いつも笑っている。

自分探しの旅

「やりたいことが見つからない」「何をやりたいか解らない」という相談を受ける。本人からではなく、お母さんから相談されることが多いのだが。つまり、子供が「勉強しない」「働く気がない」という相談に、かなり近い物がある。「やりたい事が見つからないので、動く気がしない」。悪く取るならば、勉強しない言い訳であり、仕事をしない言い訳である。
「進路を決定せずに、勉強などする気になれない」と平気で公言していた私には、心情がある程度は理解できる。半分は言い訳であり、真剣に考えているのか?と自覚してはいた。真剣に悩んでいる人間が、簡単に「やりたい事が見つからない」とは言わない。静かに自分で考えて、悩むのではないのか?
私は「自分探しの旅に出ているんだよ」と表現する。情報網の発達した時代、自分を見つめることは、逆に難しくなってしまった。選択肢も多いし、情報も過多。しかし、考える時間は少なくなり、誘惑も増えた。ほとんどの場合、「自分探しの旅」は失敗に終わっている。結局、周りの意味のない意見に流されるだけだ。
「自分探しの旅」は引きこもりか、ニート、学校に長く籍だけを置くという結末になる。この「自分探しの旅」現象は、現代の1つの風潮であり、悪く言えば病気ではないのか?探したつもり、考えたつもりは意味がない。この病に効く薬はない。まず、行動してから考えたらどうだろうか?行動して、人と接触し、話をして議論する。そこでやっと、自分を見つめ直すことが出来るようになるのではないか?ネットを眺めていても、ゲームをしていても、何の解決にもならない。

喘息の季節

ここ数日、急に寒くなって、喘息発作で来院される方が、急に増えた。冬布団や毛布を出して、ホコリを吸った事が原因であったり、風邪が誘因で発作を起こしたり。冬支度は必要だが、ハウスダストには要注意。
夜、神田川を散歩していると、川面は白っぽく見える。よく見ると、桜の葉が浮いている。花の季節は花筏と呼ばれるが、敷き詰められた葉は、葉筏とでも表現するのだろうか?桜の木を見ると、葉は既に疎ら。まだ落葉の季節ではない。今年は紅葉する前に、落葉が始まっている。気温上昇の影響だろうか?
入り口に飾ってあった(?)キリギリス君は、後ろ足が2本落下したが、まだ元気に鳴いている。10月まで鳴いたのは2年ぶり?10月まで生きてほしいという願いは叶った。ヘラクレス君は、9月に天寿を全うした。9月までは持たせたいという希望も叶った。ヒラタクワガタ君もオオクワガタ君も健在。昆虫に関しては、今年は合格?

名和昆虫博物館

3日前に、大分に帰省している姉から、1つの小包が届いた。中には捕虫網と展翅板が入っていた。私は小学生の頃から、絹製の捕虫網を使っていた。ネット販売や、今のような昆虫専門店のない時代、本格的な捕虫網は貴重品であった。
30年近く前、私は日本アレルギー学会で岐阜を訪れた。目的は3つ。学会発表と金華山に登ること、それと名和昆虫博物館に立ち寄る事であった。名和昆虫博物館は現存する最古の昆虫博物館である。博物館の展示は至って地味で、静かな博物館だった。
私はそこで絹製の捕虫網と、蝶や蛾を標本にする、桐の木でできた展翅板を見つけた。買いたい衝動にかられ、買ったまでは良かったのだが、学会で持ち歩く訳にはいかず。自宅には娘がいたが、長女もまだ2歳ぐらい。思い余って、大分の母に送りつけた。小学生の甥が、夏休みに帰省した時に使ってくれと、後で電話をした。
甥は大の虫好きであった。先日、当院でお裾分けしたカブトムシの幼虫は、その甥が繁殖させたものである。大分から送られてきた捕虫網は、新品同様であった。私は蝶や蛾を捕まえて、標本にするつもりはないのだが、リュックに入るサイズ(棒が金属製で、釣り竿のように伸びる)なので、山登りに持って行き、捕まえて観察して逃がすことはできそうだ。30年前に購入して、一度も使うことのなかった虫道具を見て、ワクワクしている。小学生の頃から、全く成長していない自分がここにいる?
(名和昆虫博物館)
ギフチョウの発見で知られる名和靖によって明治29年に設立された名和昆虫研究所。その付属施設として1919年(大正8年)に開館して以来、昆虫全般におよぶ啓蒙普及、農作物の害虫駆除のための啓蒙普及につとめてきた昆虫専門の博物館。

手作り電車

昨日も今日も、待ち時間が長くなり、大変申し訳なく思っている。大きな病気の流行はないのだが、何故かバタバタしている。インフルエンザや不活化ポリオの接種も、忙しさに一役買っている?私も家内も、時間に追われる毎日。まあ、恒例行事と思っているのだが。
はる&かい
家内のアイデアの手作り電車。私が「バスなの?」と聞くと、「電車のつもりよ」との返事。ハルもカイも大喜び。手作りの道具は、暖かみがある。

関門海峡

山中教授のノーベル賞医学生理学賞受賞の報道があった。医療のみならず、多大な社会貢献の可能性を秘めた発見が認められたことは、大変喜ばしいと思う。
この連休はバタバタした連休であった。孫3名に振り回され、8時近くになっても、家内は風呂も入れず、食事も取れず、私もやっとパソコンの前に座った。文化的な生活、ゆったりとした生活とは、全く縁がないと思う。まあ、それも人生かもしれない。
信じられない話だが、私は娘たちを連れて、私の実家に泊まったことは1日もない。結婚してから、実家に泊まったのは1日だけである。娘たちは勝手に遊びに行って、泊めてもらったことはあるようだが。帰省した時には、必ずホテルに泊まった。私と母は性格や考えが似すぎていて、何を望んでいるのか?会話をせずに理解できた。当然、誤解も、勘違いもあっただろう。しかし、ほとんど会話をしないので、誤解であったかは確認できない。聞いても、笑って何も言わないはず。つまり、答えはない。
私は小学校の1年生から2年生で、母から4つの指示を受けた。大学を出る時にもう1つ。この5つだけは、私は守るつもりでいた。それが最低限の親孝行だと思っていた。最初の指示は、「関門海峡を渡って、帰ってこないでね」という内容であった。
関門海峡って何だろう?と思った。その時、下関の水族館に行ったことを思い出した。確か、関門海峡を通って、本州に入ったのでは?私は母の意図を、少し理解できた。この指示は当然守るものだと思っていた。昭和30年代の半ば。新幹線も飛行機もない時代。東京まで行くのは1日仕事。今の感覚では、米国より遙かに遠い地域。面白い事を言う母であった。
私は関門海峡を越えて大学に進学し、2度と九州に住むことはなかった。九州に赴任する機会は2度あった。「帰ろうか?」と聞いた時、「何をする為に帰ってくるの?九州に戻る必要はない」とけんもほろろであった。母の言葉は一貫性があった。
私は母の意図を、正確に理解している(と思っている)。私は母の指示を守った。東京での、私の今の生活を望んでいたとは思わないが。何とか、家内と力を合わせて生活できているのだから、「これで良し」と思ってくれれば嬉しい。
私は50年前の、「関門海峡を渡って、帰ってきてはいけない」という指示を守った。これは自己満足ではない。私が母から依頼されたのは、わずかに5つだけなのだから。
(注)
「態度が悪く、言うことを全く聞かないので、近くにいたら困ると判断しただけ。おばあちゃんは見る目があるなあ」とは娘たちの言。

連休の予定

明日の土曜日は通常通りに診療します。7日(日曜日)は休み。8日は7時半から10時まで診療します。お困りの方はどうぞ。明日は運動会のピーク?天気は持ちそうですね。
RSウイルス感染が話題となっています。1週間に10名前後。昨年と比べて、特に多いとは感じていません。騒がれるようになった要因は、検査の普及にあります。つまり、「ひどいカゼ」がRSウイルス感染に名前が変わっただけ?急な高熱、ひどい咳、呼吸が速く、苦しそうはRSを疑って下さい。

母と息子

ナツが生まれてから、ハルは私と家内の間で眠っていた。ゴロゴロと移動するので、私もダッコして眠っていた。次女の入院中は、ハルは面会にも行かず。次女との対面は面白かったようだ。「大喜びでママにダッコ」という予想を裏切って、目をそらして知らん顔をしたらしい。次女にとってはショックであったようだ。その後は関係回復。
母と息子の関係は、見ていて楽しそうだ。仲がいいと思う。私の母が「君も小学校に入るまでは可愛かった」とつぶやいた事を覚えている。私と母の会話は断片的であった。二人で5分以上の会話をした記憶は1度しかない。母が78歳の時に宮崎のホテルで母と泊まった。長女が宮崎に住んでいたので、母は颯爽とホテルに現れた。2泊したのだが、早朝「海岸に散歩に行こう」と誘った。
1時間ほど散歩したが、「二人で話をするのは初めてではないのか?」と私は言った。母はノーコメント。二人とも勝手な話をして、かみ合うことはなかった。翌日の朝も「散歩に行こう」と誘ったのだが、「もう話すことはない」と断られた。まあ、想定内の事ではあったが。
今年の夏、母に間接的に「約束はすべて果たしたよ」と伝えた。母はおそらく意味を理解してくれたのではないか?その後、私の腕をさすり続けていた。母が私に触れた記憶はないので、「有り難う。ご苦労」というメッセージであると、私は勝手に解釈した。これでいい。母と息子の距離は、こうでなくてはならない。

はじめまして

私事で申し訳ないのだが、9月17日に次女がハルの妹となる夏希を出産した。翌日の夜に、仕事を終えて面会に出かけた。母子ともに元気で、22日には無事に退院となった。
孫がハルとカイとナツの3人になり、家内は大忙し。ナツも2週間が経過し、今夜はハルを連れて4人で夜の散歩に。子供が元気なことは有り難いと思う。ハルはバーバにべったり。私も幼い頃は、祖母にオンブされて眠っていた。時代が変化しても、人の営みは、基本的には変わらない?
院長・副院長
出生24時間後のナツと家内と私。新参者のナツ、宜しくお願いしたい。

インフルエンザワクチンの接種始まる

今日は都民の日。待ち時間が長くなって、申し訳なく思っている。都民の日は鬼門である。いつもバタバタする。インフルエンザワクチン接種の開始日でもあるのだが、そのために忙しい訳ではない。明日は少しゆっくり仕事ができるのだろう。
今日はいささか疲れ気味。早く寝たいと思う(と言っても11時を過ぎているのだが)。インフルエンザワクチンの価格は1回2500円である。蛇足ながら、インフルエンザそのものの流行はない。