院長の暴言(教えることの意味)

日曜日はインフルエンザの予防接種の日。3時から4時30分までが診療(急患の方)。4時30分から6時までが予防接種の時間となる。
昔話で申し訳ない。私は「待つ」ことが嫌いだ。母は「教育は待つことだ。君はむいていない」と断言した。私は小学校の低学年から、教える職業にはつかないと決めていた。周りは、私が教師になると思っていたようだが、私は「教師になる」などという戯言は、一度も言ったことがない。母には「教える事には興味がない」と伝えていた。
理由は単純なことだ。私は昆虫採集が趣味で、早朝に森を一回り。クワガタやカブトムシが採れる木を熟知していた。これは秘密の場所であり、人に教える事はなかった。悪く言えば、「教えると自分が損をする」という発想。知り合いに聞かれても知らん顔。価値のある情報は、みんなに知らせてはならない。
これで良いのだろうか?その時、私は人に教える職業には適さないと思った。私は教育者ではなく、ハンターに属する。この考えには、副産物がある。「教科書に書いてあることは、どうでもいいことだ」という発想。価値のあることなら、人に知らせる必要はないはず。この考えは、精神的に大きな重しになった。授業を聞いても、全く面白くない。どういう意図で、話をしているのか?という、目に見えないガラスがある。情報が素直に頭に入ってこない。
勉強の出来る人間は、基本的に素直である。教える事が好きな人間は、心の広い人間だと、最近になって思う。若い頃は、裏の意図を読もうとする、タチの悪い人間であった(隣で、今でも同じだわとの声が)。私は大学を出て、二度と大学には戻らなかった。面白くもないことをする時間はもったいないし、無駄である。
学会で「先生は本当に価値のある情報は話さないでしょう。」と言われたことがある。この様な人物は要注意。我ながら、了見が狭い、器が小さいと思うのだが、これが自分の性格と居直っておこう。

落成式

水曜日の夜から、近隣で嘔吐の集団発症がある。症状の重さに個人差があるのだが、嘔吐が主な症状である。10回以上嘔吐するケースもあれば、1回だけで済むケースもある。発熱と下痢を伴わないのが特徴である。1ヶ月前にも近隣の小学校で、同じ症状の集団発症があった。
今週の土曜日は、隣の上北沢小学校の新校舎の落成式がある。おそらく、区長さんをはじめ、多くの来賓の方が参加されるのだろう。人通りが多くなるため、自転車や車で来院される方は、事故には十分に注意してほしいと思う。
校庭は完成していないが、りっぱな校舎の完成である。校庭には工事車両が活躍している。ハルは「ショベルカー」「ダンプカー」と興奮している。男の子は働く車が大好きだ。今回の工事には、8月に当院の壁面のタイルがずれるというおまけが付いた(8月のブログ参照)。事故も起こらず、無事に修理できた。結果オーライというところか?
新しい校舎、新しい体育館、もうすぐ完成する新しい校庭。安全性は高くなっているはず。「新校舎の完成おめでとう!」と伝えたい。

ノロウイルスの流行?

当院近辺に限って言えば、ロタの流行はない。ノロが疑われる症例もほとんどない。嘔吐だけの胃腸炎がパラパラ。下痢と発熱を伴わない症例が多い。季節柄、カキ(貝)を食べての嘔吐下痢が多くなっているが、ノロウイルスに起因するかは不明。胃腸炎以外のカゼの流行も小休止。
予防接種がお薦めなのだが、学校や幼稚園から帰宅した時間帯に集中するため、夕方は混雑している。午前中の方が、時間的に余裕があるため、都合のつく方は、午前中の来院をお薦めしたい。ぜひ、予防接種も。新4種混合(DPT+IPV)は在庫あり。

一生懸命

私が絶対に口にしない言葉が、「一生懸命」である。私が勤勉でないから?ではない。
高校の時に、一生懸命のイントネーションが間違っていると指摘された。東京外国語大学の一期生(当時で80歳の言語学者)と議論になった。私は人の話を全く聞かない子供だったので、大分弁でしゃべったことはない。というより、しゃべることができない。
「君はきれいな標準語をしゃべる。本当に珍しい。標準語というのは東京弁ではない。」その後で「1つだけ標準語ではない言葉がある。一生懸命だ。実におしい」私は「イ」にアクセントを置いて発音していた。「アクセントは、懸命のケにある。それだけは訂正しなさい」へそ曲がりの私は、そこから理屈をこね始めた。しかし、「一生」のアクセントは後ろにある。「懸命に走る」という場合には、「ケ」にアクセントを置く。この2つが一緒になった場合には、「ケ」にアクセントがくるはず。と言うわけで、私はその議論に負けてしまった。
そこから、「一生懸命」を30回近く練習させられた。それ以後、この言葉を使うのを止めた。腹が立つと言うよりも、不安が過ぎるからだ。自信を持って発音できないのは不快?散歩しながら、家内とこの話になった。「やはり、ケにアクセントがあるはず」という。言葉とは面白いと思う。
「だいたい、一生懸命という言葉自体が嫌いなので、まあいいか?」といういい加減な結論になるのだが。元来、一所懸命が誤って、一生懸命になった?武士は自分の土地を命を懸けて守りぬくという意味。命がけで、物事に当たる。真剣にとか、本気でとか、命がけでとか、代わりの言葉があるので、私は困ってはいないのだが。これ、負け惜しみ?

将軍池公園の紅葉

明日は雨の予報。少しは余裕のある診療になるのだろうか?
今朝は7時過ぎから、家内と松沢病院を1周した。紅葉がきれい。特に昨年新しくできた将軍池公園の紅葉はすばらしい。将軍池にの湖面に映る紅葉は格別であった。気温は低いのだが、爽やかな散歩となった。
道には紅葉した落ち葉が散乱していた。数枚の葉っぱを拾い、まだ命を繋いでいるキリギリスのカゴに敷いた。「ぜひ、キリギリス君を見たい」という要望もあり、弱ってはいるが、最後の姿を見ていただきたいと思っている。11月も終わり。もうすぐ師走である。インフルエンザワクチン接種も終盤に入る。病気も一段落するのでは?今週は予防接種がテーマとなる?
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将軍池公園の紅葉。
元来、精神科の専門病院だった都立松沢病院の広大な敷地内にある「将軍池」は大正10年から15年にかけて患者の作業療法の一環として造られた池です。地面を掘り下げて地下水を湧出させ、掘った土で池の真ん中に築山(加藤山)を造成しました。山は当初、富士山の形でしたが、関東大震災で崩れ、なだらかな姿になってしまったということです。池畔に四阿(あずまや)なども配置し、4年の歳月を経て庭園として完成されました。この庭園は原田治郎氏の英文による著書『Japanese Gardens』によって精神障害者の造った素晴らしい庭園として広く世界に紹介されたということです。将軍池の名は作業に参加した患者で自称「将軍」の芦原金次郎にちなんだもので、加藤山は作業を指導した看護長・加藤普佐次郎に由来します。

院長の正論(教育)

昔話で申し訳ない。小学生の時、母は私につぶやいた。「君の教育は渡瀬先生、林先生、徳田先生に任せた。君は私の手にはおえない」渡瀬先生は東京芸大出身でピアノ、林先生は和尚さんで習字、徳田先生はプロの画家であり、3人とも既に亡くなられている。私は母の言葉の意味が理解できなかったが、親が私の教育をするなど、「論外である」と思っていた。
林先生と徳田先生は、私には非常に優しかった。書道展があると、林先生は私の手を取って、字を書いてくれた。書き直すのも面倒なので、そのまま提出。絵もそうだった。渡瀬先生は厳しかった。「君にピアノを教えるつもりはない。忍耐することを教える」と断言した。つまり、「座って集中することを学べ」という意味。
前置きが長くなった。この3人の先生が何を教えてくれたのか?中学校の頃から、1つのテーマとして考えていた。結論が出たのは高校の時だ。「君には書道の才能がない。書道でメシを食うことはできない」「君には絵の才能がない。絵は楽しむ物で、メシの種ではない」「ピアノの才能はゼロ。座る練習をしなさい」という指導であったのでは?
高校の時に東京外国語大学の1期生という英語学者に、「君は英語の才能がない。語学を理屈で捕らえている。英語は道具であって、英語でメシを食ってはいけない」と言われた。私は真の教育とは、「無能さを悟らせることではないのか?」と思った。
私は待つことが嫌いだ。学校の先生が最も不適格である。それは認識していた。芸術もダメ、語学もダメ、当然文学もダメ。自分の得意分野はどこにあるのだろう。私の得意分野は、植物や動物の扱いである。最もバリエーションがあり、奥が深い分野は?と考えた。結論として、今の私がある。人生は得意分野で戦うべきだ。
才能を伸ばすのではなく、才能がないことを認識させるのが、逆説的な教育ではないか?私は母の目論見は当たったと思っている。人間は生まれ持った遺伝子の柵の中で生活している。それを教えるのも教育である。

長寿

入り口で鳴いていたキリギリス君は、後ろ足が自然落下した物の、健在である。鳴き声は弱々しいが。11月下旬まで生きていることにビックリ。ネットで検索すると、年を越えることもあるとか?温度管理が必要なのだろう。もう少し、元気でいてほしいものだ。
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野生下の成虫の寿命は生活環境にもよるが、平均2か月程度である。遅くとも11月には全ての野生個体が死亡する。ただ、良好な飼育下では翌年初頭まで生存することもある。老化した成虫は付節が壊死して垂直面歩行能力が失われ、オスは鳴き声も弱々しくなる。

瓜生島(うりうじま)

先週から、小学校で学芸会か展覧会が開催されている。この2つは隔年で行われる。私の頃も学芸会があった。協調性のない私は、「学芸会の意味が解らない」と思っていた。運動会も、まして合唱コンクールなど、全く意味不明?
学芸会の主役に、多くの子供たちが手を挙げて、オーディションが行われると聞いて、私は素直にすごいと思う。子供たちの積極性は、私は大いに評価するし、私にはない才能だと感じる。
小学校6年生の時の学芸会は「瓜生島」というタイトルであった。私は主役を命じられた。つまり、地蔵様の顔に色を塗り、村人は全員避難し、いたずら小僧だけが海に沈むという役。申し訳ないとは思ったが、私は主役をやりたくなかった。そこでまた、母に囁いた。「主役は嫌だ。何もしゃべらない村人がいい。カゼをひくと、声が出なくなるので迷惑をかけるということにしてくれ」。晴れて、私は村人になった。
協調性もないし、自分勝手に1人で行動するのが大好き。みんなでワイワイは「勘弁してくれ」という気持ちであった。目立つのも、連むのも大嫌い。しかし、人間これではいけない(気づくのがのが遅すぎる!)。最近になって、母にはかなり迷惑をかけたのでは?と思う。母は私を甘やかす気持ちはなかったはずだ。
私の言動を非難したり、否定したことは1度もない。まして、「勉強しろ」などとは、口が裂けても言わなかった。それが子供の育て方と信じていたのだろう。
(瓜生島)
むかしむかし、大分県の別府湾には瓜生島(うりうじま)という島がありました。
瓜生島にはいくつかの村があって五千人ほどが暮らしており、豊漁(ほうりょう)をもたらしてくれる恵比寿(えびす)さまがまつられていました。そして瓜生島には古くから、こんな言い伝えがあります。
《恵比寿さまの像(ぞう)が赤くなると、島が沈む》
ある日、この言い伝えを知った誰かが言い伝えを試してみようと、恵比寿さまの顔にベンガラ(→酸化鉄の塗料)という赤い顔料を塗ったのです。るとその夜、島全体がぐらぐらと大きくゆれ動き、たった一夜のうちに島の人もろとも島は海に沈んでしまったのです。  それは、1596年9月4日(文禄5年7月12日)だと言われています。

連休の診療のお知らせ

11月23日、24日、25日の診療は下記のとおりです。

 ●23日(金) 7:30~10:00まで診療

 ○24日(土) 通常通りの診療 (7:30~11:30)

 ●25日(日) 15:30~16:30まで診療

ゴキブリ

寒くなると、空気孔から進入してくるのか、ゴキブリがたまに出てくる。個人的には嫌いではないが、家の中では極めて不評である。先日2匹のゴキブリが進入してきた。1匹は殺虫剤で御用となった。もう1匹は天井近くまで逃走。
先日のブログでも書いたが、手元には30年前に名和昆虫博物館で購入した上等の捕虫網がある。私は使っていない。まずは、この捕虫網で昆虫採集、いやゴキブリ採集をすべきではないのか?初使用にウキウキしながら、網を繋ぎ棒にセット。さあ本番と思ったところ、ゴキブリがいない。セットしている間に逃走したらしい。
家内からは、「遊びすぎ」と言われ、翌朝までに捕獲を決意。ここからはゴキブリホイホイの登場である。仕掛けるのは得意。ゴキブリの散歩コースを読んで、ホイホイをセット。翌朝には御用となった。ホイホイを開いて、「採れたよ」と見せると、「見せなくてもいいよ」との反応。そのまま、ゴミ箱にポイと捨てたところ、「袋に入れて捨ててよ」とのこと。
以後、ゴキブリホイホイをセットして、毎朝楽しみに見ているのだが、残念ながら収穫はない。小さい頃、ダンボールの迷路を作って、ゴキブリを飼っていた。結構頭の良い昆虫であった。捕虫網の初使用のチャンスを逃して、私は残念でならない。

筑前煮

幼い頃、野菜が嫌いであった。特に人参とゴボウ。生の人参は食べることが出来るのだが、火を通した人参の甘みがどうも苦手。ただしカレーの人参ははOKという、都合の良い好き嫌いであった。昭和30年代の給食は、今の給食とは違って、野菜を中心としたごった煮と、コッペパンという組み合わせであった。
私は給食が苦手で、茶碗の底には、大きな人参の塊が残った。何とか給食から逃れる方法はないのか?5年生になって、私は母につぶやいた。「虚弱体質ということで、給食免除を教育委員会と交渉してくれ」。5年生から、私は給食が免除された。4時間目の授業が、12時10分に終わると、私は家に帰って、祖母の作った美味しい昼食を食べながら、ノンビリと朝ドラを見ていた。見終わってから、1時過ぎに学校に戻って、昼休みを楽しく過ごすという、離れ業をやってしまった。だから、「おはなはん」と「うずしお」という朝ドラを見ることが出来た。
私は母とは、ほとんど口を聞いたことがない。すれ違う時に1フレーズ。それで十分。理由や説明など、必要はなかった。確かに、とてもタチの悪い子であった?祖母は文句一つ言わず、楽しそうに食事の用意をしてくれた。
当然、300円の給食費は払わなかった。そこで問題が起きた。家庭科に授業で、ホーレンソウを湯通しして、バター炒めをして給食として食べる実習。ホーレンソウの代金は給食費から支払われることになる。給食費を払っていない私は、食べる権利がないと告げられた。ホーレンソウ嫌いの私は、「やった」と思った。ところが、担任であった荒金先生が「硬いことは言わずに」と取り計らい、私も食べることになってしまった。
嫌々食べてみたのだが、「意外に美味しい」と思った。ホーレンソウを食べることが出来るようになったのは、その時からである。自分で料理した物は、美味しく食べられる?
アレルギーで食べられないのは仕方がない。しかし、好き嫌いはダメだ。家内は筑前煮が得意だ。私は自分の好きな物しか食べない?「だんだん、筑前煮が赤くなっていくのは何故?」と,今でもつぶやいている。

雨の予報

今日はあいにくの雨?まだ、降ってはいないが、昼前には降り出す予定。早めに来院して下さい。明日は日曜日としては2回目のインフルエンザの接種日となる。天気は良さそうだが。
明日は3時から4時半までが診療、4時半から6時までがインフルエンザワクチンの接種時間となる。今日の雨で、明日は待ち時間が長くなる可能性もある。その点はお許し願いたい。

縁会

10月から12月の3ヶ月は激しい山登りとなる。大きな山は来週の勤労感謝の日前後になるのだろう。昨日は3ヶ月の折り返し地点。
家内と反省をかねて、忘年会を企画していた。4時過ぎの電車に乗って、九段下で下車。歩いて西の丸を横切り、桜田門経由東京国際フォーラムへ。
中島みゆきのコンサート「縁会」へ。コンサートは2年に1回。昨年は赤坂で「夜会」があった。席は17列目。音響は最高の位置。「歌い過ぎかな」と本人が言うほど、聴き応えのあるコンサートであった。
圧巻は2012年度版の「時代」。流行したのは1975年頃なので、37年前の曲。大学時代の喫茶店のジュークボックスで聴いた時より、長女をお腹の上であやしながら聴いた時より、以前にコンサートで聴いた時より、歌が心に浸みた。
そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
というフレーズが、震災を経た今、私と家内の心に浸みわたった。
最後に「私の方が楽しませていただきました」と深々と、長い時間頭を下げる姿に、プロの根性を見た。彼女の才能はずば抜けている。歌も本当にうまくなった(本人には失礼だが)。頭を下げた後の最後の歌が、「ヘッドライトテールライト」であった。
語り継ぐ人もなく
吹きすさぶ風の中へ
紛れ散らばる星の名は
忘れられても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
という歌詞が始まると、家内は私の顔をみて微笑んだ。このような、重い内容の歌詞を書き、それを聴かせる能力は、凡人にはできない。
ノンビリ歩いて行ったので、夕食はオムライス。10分で食べることになった。楽しい、二人だけの忘年会?

放浪記

女優の森光子さんが亡くなられた。母とほぼ同じ年だ。母も1月には92歳になる。森さんと言えば、「放浪記」を思い出す。作家の林芙美子の作品であるが、私は原作を読んだことがない。
NHKの朝の連続ドラマ、いわゆる朝ドラは、私が小学生の頃からあった。50年近く続いていることになる。私は仕事があるので、朝ドラを見たことがない?正確に言うならば、小学校5年生の6年生の時の2年間は見ていた。樫山文枝さんが主演した「おはなはん」と、林みち子さんが主演した「うずしお」である。漢字やや題名はいささか怪しいのだが。
この2つは面白かった。「うずしお」は作家の林芙美子さんの自伝であり、尾道が舞台であった。私は林先生という和尚さんに書道を習っていた。といっても、森の中で遊んでいただけだったのだが。当然、よく怪我をした。その怪我の治療をしてくれたのが、先生の娘さんであった。ある時、朝ドラの話になった。「私は林(主演女優)の妹なの」と言われた。すぐには意味が理解できなかった。、お子さんのいなかった林先生は、姪を養女としたことを後で知った。世の中は狭いと思った。
話が脱線し過ぎ?なぜ、2年間も朝ドラを見ることになったのか?そこが問題ではないのか?当時はビデオはなかったのだから。馬鹿な話を書く前に、仕事、仕事。

新4種混合ワクチンの予約は不要です。

DPT-IPVの4種混合ワクチンが今月から始まった。全国的に品薄の状態が続いている。当院も例外ではない。この新4混は3回連続の接種となる。2回目、3回目のワクチンを確保できる状態で、接種を開始する予定であった。しかし、接種対象者が少ないと予想されたため、条件付の予約制で、11月1日から接種を開始した。
今回、ワクチンの需要と供給の関係が確認できたため、私の嫌いな予約制は廃止としたい。問診票をお持ちの方は、対応したいと思う。接種対象者が少なく、このブログを読んでいる方の人数は、非常に少ないという前提である。
「新4混の問診票をお持ちの方は、自由にどうぞ」。これですっきりした。予約制嫌いは、私の個人的な嗜好なのだが。新4混の接種が出来ないことから、不活化ポリオ(イモバックス)が不足する事態になった。皮肉なことだ。面白くない話題で申し訳ない。

最初の依頼

やっと、時間が出来た。以前に母から、5つの依頼を受けたと書いた。2番目から4番目は既に説明した。最初の依頼に触れなくてはならない。
最初の指示は、「君は三宅の家を継ぐ必要はないよ。勝手にやりなさい」という乱暴なものであった。小学校1年生の時?私はすぐに納得した。私は三宅の正当な(?)嫡男である。大正生まれの母は、「家」を重んじる教育を受けていたはずだ。
何の説明もない一言で、私はすべてを理解した(正しいかは、今となっては確かめようもない)。以前にも書いたが、家族は女性で継承されるというのが、私の持論であった。私を育ててくれた祖母ー母ー姉と続くのが本来の家系であると、私は当時から信じて疑わなかった。男は勝手に家を出て、家族を作れば良いのである。
人間も動物である。当時は床下にノラ犬が、農家の納屋にはノラ猫が住みついていた。私は幼い頃から、彼らとは仲良しであり、良き遊び相手であった。その動物たちの生活を見て、とてもではないが、家を継ぐのが男などとは、私には思えなかった。だから、母に指示を聞いて、「当たり前だ」と思った。家にしがみつくのは能力がない証拠と、当時は思っていた。私は自由に生きていくのが当たり前?前にも書いたが、自由には危険が伴う。その危険とどのように向き合うか?が最も大きなテーマとなった。
我が家は娘が3人。家内と大の仲良し。それでいい。家内と娘たち、そしてナツが私が考える、正当な家系である。「家族が女性を中心として動く」が、私の幼い頃からの持論である。それが自然であり、生活がスムーズに動く。しかし、女性は出産と子育てという重荷を背負う。自分の思うように、自由に生きることはできない。
私は嫡男ではあるが、「家」には全く固執しない。「三宅」の名前にも執着がない。名前は記号だと思っている。結婚当初から、家内には「君がもし一人っ子だったら、希望があれば養子になった思うよ」と話している。私は三宅の家を継ぐことはないだろう。母との約束は守ったと思っている。「養子に行くよ」と言ったら、母が何と言うか?おそらく何も言わないと思う。私が人の意見で動くはずはないのだから?

嘔吐下痢症の流行

待ち時間が長くなっている。ご容赦願いたい。明日の夕方は雨かな?
小学校や幼稚園で、嘔吐下痢というよりは、嘔吐の集団発生がある。ウイルス性の疾患であり、ノロでもロタでもなく、食中毒でもないと推測している。昨夜は家内が丸々と太ったタヌキと、小学校の横で遭遇。ブログを書く時間がないのが残念。さあ、仕事。

時間との戦い

10月下旬から、本格的な忙しさになった。ゆっくり考える時間も、データをまとめる時間もない。この時期は仕方がない。インフルエンザワクチンの接種が増えてきたことや新4種混合の登場もあって、予防接種や健診にも時間がかかる。年末はさらに余裕がなくなるので、今のうちにできる限り予防接種や健診に時間を割きたいとは思っている。
インフルエンザの流行は局地的であり、本格的な流行は12月末以降になると予測している。RSの小流行が続いている。水痘もパラパラ。嘔吐下痢症と溶連菌感染が増加傾向にある。新4種混合ワクチンはまだ余裕があり、接種はOKである。
話は全く変わるが、我が家のキリギリす君2匹は、今日も鳴いていた。11月に鳴くのはギネスもの?昨夜、我が家の前をタヌキがトコトコ歩いていた。塚山公園近辺で生息していたタヌキが、住み家を追われたのでは?小学生の時に、学校で飼っていたニワトリをタヌキが襲い、捕獲されるという事件があった。当時に比べて、タヌキは身近な動物になったと思う。

写真の間違い

前々回の「家内の誕生日」の写真は、私の取り込みミスにて削除しました。改めて、1ヶ月半のナツと家内を掲載させていただきます。ついでに、私も登場。私も家内も年ですねーーー。
副院長+なつ
院長+なつ

久しぶりの雨

今日は久しぶりの雨だ。インフルエンザの予防接種がピークを迎えようとしている。共働きの方が多く、また予防接種の多様化もあり、予防接種のニーズに十分には対応できていないと思う。病気に対しても、私は十分に対応できているとは思っていないのだが、人間の集中力にも限度がある。今日は雨のお陰で、少しゆっくりと仕事が楽しめそう?
当院は予防接種も予約制ではない。雨や雪、イベントが重なる時には暇になるし、集中する時は渋滞状況になることもある。一長一短なのだが、私は予約制は嫌いだ。これは私個人の好み?
雨が降ると、お母さんは大変になる。外では遊べないし、保育園の送り迎えも大変になる。娘たちの子育てを見ても、大変さが伝わってくる。「今ほどではないにしても、昔も大変だったよ」という家内の言葉は、耳が痛い。
新4混については、接種希望者がほとんどいないのが現状である。ワクチン自体も少なく、不足するよりは良い状況だと思っている。6月、7月生まれの方には、「11月まで待っていいですよ」と安請け合いした責任があったため、「当院かかりつけ」という条件を付けた。この責任は既に果たしたと思っている。新4混を希望される方は、ワクチンの有無を確認して、予約して来院していただきたい。

家内の誕生日

今日は待ち時間が長くなって、ご迷惑をおかけしました。今朝は6時半から家内と松沢病院を2周。爽やかな空気、ハナミズキや桜も軽く紅葉。気持ちの良い散歩となりました。今日は家内の誕生日。
娘と井の頭公園の散歩と、吉祥寺での散歩を楽しんだらしい?午後は仕事で、ハルとナツも参加して誕生会に。仕事が終わったのが遅く、始まったのが8時過ぎ。次女は授乳中なので、卵を除去しているため、アイスケーキを買ってきてくれました。ワイワイ、ガヤガヤ、ついでにバタバタした誕生会に。
家内は我が家の要。ハルもバーバは大好き。ナツもバーバべったりになるはず。年を取っても、ノンビリとはほど遠い生活ですが、元気で楽しく暮らせることが一番。

明日は文化の日

明日(土曜日)は11月3日(文化の日)であり、土日と連休である。この時期は予防接種も重なって、忙しい時期だ。昨日のこのブログでも、連休の予定を掲載した。
明日の土曜日は、7時30分から10時まで診療する予定。急性の患者さんが対象である。スタッフも少なく、予防接種と健診を行う余裕はない。ご了承願いたい。待ち時間が長くなる可能性もある。
明後日の日曜日は、3時から4時30分まで診療し、4時30分から6時までがインフルエンザの予防接種時間となる。重なる時間帯は、基本的には私が病気の患者さんを診察し、家内が予防接種を担当する事になる。この点もご了承願いたい。日曜日でインフルエンザを接種するのは、11月18日、12月2日、16日(2週間間隔)である。
昨日から新4種混合ワクチンの接種が開始された。8月生まれの大半の方は、まだ3ヶ月になっていない。予想通り接種希望者はごく僅かであった。希望者には新4混を接種するつもりである。前々回のブログを参考にしてほしい。
新4混にこだわらない方は、新4混の接種票でDPTを、当院に置いてあるポリオの問診票で不活化ポリオを同時に接種する予定。。これは世田谷区だけの対応である。杉並では既にDPTの問診票が手元にあるはず。不活化ポリオの問診票を取り寄せていただければ、当院でも同時接種は可能である。
現在、嘔吐下痢が少し流行している。ロタではないし、ノロでもない。RSや溶連菌は少ない。ハナ、セキの風邪が多い。
面白くもない話が続いて、本当に申し訳ない。繰り返しになるが、土曜日は10時まで。診療がスムーズに流れることを願っている。ご協力の程、宜しくお願いしたい。

連休の診療のお知らせ

11月3日(祝)、4日(日)の診療は下記のとおりです。


☆11月3日(土・祝):7:30~10:00まで診察


☆11月4日(日):15:00~16:30診察 、16:30~18:00インフルエンザ予防接種