セミの羽化

昨夜はハルとナツを連れて(家内と次女も同行)、塚山公園に出かけました。目的はセミの羽化を見ること。懐中電灯でセミの幼虫を探しました。土の上には、アブラゼミとミンミンゼミの幼虫が歩いていました。歩道に張られた綱に幼虫をとまらせて、羽化を観察しました。抜け殻も多く見られましたが、ほとんどアブラゼミ?ミンミンゼミの抜け殻との区別は難しい?
ダンゴムシやカマキリも捕まえました。蒸し暑い夜でしたが、ハルもナツも大喜び。夜はみんなで川の字で寝ました。節電ですね。今日で7月も終わり。今月は色々な事がありました。突然の休診で迷惑をおかけしました。また、多くの励ましの言葉をいただき有難うございました。

けじめ

前にも書きましたが、家族は女性を中心に動くというのが私の持論。これは動物の世界の基本的な掟。母も同じ意見だったと思っています。私の娘達のことを、「広島の孫だからね。そちらに行かせなさい」と言っていました。広島とは家内の実家。娘達が遊びに行っても、一泊までで「広島に行きなさい」と言ったようです。義母ー家内ー娘達と繋がっていると考えていたのでしょう。
母の葬儀と時は私と家内が帰省し、「すぎなみ」の次女の神尾が仕事をして、次の法要には神尾が参加するという了解がありました。次女にとっても1つのけじめをつけたいのだと思います。ハルとナツを連れての帰省なので、三女もリクとカイを連れて法要に参加することに。大変そうですが、そこは任せることにしました。私と家内は広島へ。
今年は休みが多くて申し訳ありません。移動が大変なこともあって、日曜日は東京にいます。緊急の方を夕方に診察しようと思っていたのですが、余りに暑い。8月は朝の涼しい(?)時間帯に移動しますね。

蒸し暑さ増す

東京から子ども達というより、人の姿が少なくなりました。当分は静かな、おそらく予防接種と皮膚のトラブルが中心の診療になる予定です。「すぎなみ」が来週の月、火曜日(水曜日は診療)、当院は水、木曜日が休診となります。
昨夜は7時過ぎから早めの散歩。夕暮れの松沢病院の周りを歩きました。家内との会議のようなものですね。いくつかのテーマを話し合いました。今年は湿度が高くて、本当に蒸し暑いし、気温も高い。取りあえずとテーマは、来週の水木曜日の広島への帰省です。大分の母の35日(新盆を兼ねて)は次女と三女に任せて。あっという間の7月も、もうすぐ終わりですね。

皮膚のトラブルの増加

気温が高いこと、派手な手足口病が流行していることもあって、発疹で来院される方が増えている。多い順に手足口病、トビヒ(伝染性膿痂疹)、汗疹(あせも)、アトピーの悪化、虫刺され、水痘というところか。猛暑で外出ができないこともあって、虫刺されは少ないようだ。汗疹とトビヒの増加が特徴的。
今年の手足口病はコクサッキーA16とA6型が中心と推測されるため、四肢全体に派手に発疹が出る傾向がある。水痘と紛らわしいこともあるが、水痘は体幹から、手足口病は四肢から出るの鑑別できる。猛暑は続きそうなので、皮膚のトラブルはもう少し続くだろう。

迷言

暑い日が続いていますね。何度も書きますが、8月5日(水曜日)、6日(木曜日)は休診です。義母の新盆+義父に会うために帰省しますので。「すぎなみ」は水曜日は休診日ですが、5日と6日は診療しています。宜しくお願いします。
小学校に入ってからは、母とは1分以内の会話でした。ワンフレーズで十分でしたね。意味は十分に理解できました。性格がそっくりと言われていましたので。滅多に会話はなかったので、記憶にはほとんど残っていませんが。
「人は誰でも十字架を背負っている」:人にはどうしようもない、自分では選択出来ない事がある。
「君の手には負えないかな」:思想的に危険。この人と付き合ってはいけない。
「九州の女性と結婚しないでね」:近所付き合いが面倒なので、近くに住む女性はNG。
「三宅の家は継ぐ必要はない」:これからは家という概念はない。自分で好きに生きなさい。
「君はお嫁さんがいいから」:君は箸にも棒にもかからない、どうしようもない子だ。
「ぐれてたからね」:中学生になってからは、全く人の言うことを聞かない子だった。
前にも書きましたが、圧巻は「先生の言うことを聞く子に育てた覚えはありません」ですね。高校の進路指導で、学校から呼び出しを受けた時に言った言葉。椅子にも座らずに一言だけ言って、そのまま帰ったと、担任から聞きました。母は「何を言ったか覚えていない」でしたね。「人の言うことを聞くはずはない。これは育てた私の責任。お互いに時間の無駄はやめましょう」という意味。
唯一解らなかったのが、「5メートル後ろを歩きなさい」という言葉。親族の結婚式があり、礼服を仕立てに行く時に言われた言葉。春休みに突然、「礼服が必要。仕立てるからついてきなさい」と言われて、歩き始めた時の一言。カチンときましたね。「逆だ。僕が前だろ」と言いかけた時に、私は目的地を知らないことに気がつきました。これでは後ろを歩くしかない。
10年以上経って、「どういう意味?」と聞いたのですが、「忘れた。そんなこと言ったかな」でした。当時も私とは話すのを避けていましたので、話をしたくなかったと解釈していましたが、公道で母と息子のツーショットなど、母にとってはあり得ない構図だったのではないかと思っています。正確なところは解りませんが。「お互いに干渉せず」が暗黙のルールでしたから。母にとって最期の5年は不本意だったと推測していますが、一貫してブレることのない人生を送ったと私は思っています。次は私の番((^0^))。

コウモリ

昨夜は用事があって新宿まで出かけましたが、道路は混雑していました。民族の大移動が始まった?東京は静かになりますね。
昨日は激しい雷雨でした。昨夜は用事を済ませて9時半頃から家内と散歩に。雷雨で少し涼しくなったと期待していたのですが、風もなく湿度が高くて、蒸し暑いこと。目的はセミの羽化を見ること。塚山公園でニイニイゼミとアブラゼミの羽化を観察することができました。今年はまだ数が少ないですね。神田川沿いを環八に近くまで歩きました。
塚山公園の外灯には、蛾などの虫が集まっています。その周りを飛び回る陰。コウモリが捕食のために、元気に飛び回っています。この時期は夕暮れになると、上北沢公園や将軍池公園でも、コウモリを見ることが出来ます。時々ハルを誘って、コウモリの観察に出かけます。
飛んでいるコウモリはアブラコウモリ、別名イエコウモリと言います。れっきとしたほ乳類。ほ乳類の中で、ネズミに次いで2番目に種類が多いのがコウモリ。よく考えてみると、野生のほ乳類を見る機会は滅多にありません。私は野生のサル、リス、オコジョ、イノシシ、シカ、タヌキ、キツネ、イタチ、アナグマ、コウモリ、ネズミ類を見たことがありますが、最も身近で良く見ることが出来るほ乳類は、コウモリだと思っています。そのように考えると、コウモリに興味が沸きませんか?
コウモリの話を書き始めると、またまた長くなって、仕事に差し支えますのでここまでですね。
新盆のため、8月5日(水曜日)、6日(木曜日)は休診となります。この2日間は「三宅小児科すぎなみ」が診療しています。
また、私の代理で神尾が大分に帰省するため、8月3日(月曜日)、4日(火曜日)は「三宅小児科すぎなみ」が休診となります。この2日は本院が診療しています。色々な用事があり、ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。

お経

7月1日に母が他界したので、3週間+2日が経過したことになります。時の経つのが早いような、短いような、不思議な感覚です。宗教とは全く関係のない生活をしていた私が、母の葬儀でお経を聞いて、和尚さんの説法(?)を受け、久しぶりに祖母の墓に参る機会を得ることになりました。母も基本的には、宗教には無縁でした。生きているならば115歳になる祖母には、何か信じるものがあったのか?と思いあたりました。
お経を聞きながら、高校時代に私の制服のポケットに、お経を書いた小冊子(経典?)が時々入っていたことを思い出しました。毎朝、祖母が制服のポケットに経典を入れて、お経をあげていたのでは?きっと私の安全を祈っていたのだと思います。その経典をポケットから取り出し忘れて、学校で私が気づくをいう図式でした。1年に数回あったと記憶しています。私は不機嫌そうに「これ忘れ物だぞ」と言って、祖母に返却していました。感謝の気持ちはありませんでしたね。祖母の遺骨の前で、「悪かったね」と心の中で呟きました。

修学旅行

今朝は雨が降っている。気温も下がって、過ごしやすい天気だ。世田谷区の小学校の6年生は、この時期は修学旅行がある。順番で出発するようで、今日出発する小学校もあり、明日は隣の上北沢小学校の番。今日の午後は、出発前健診がある。校医なので、1時から健診に参加する予定。明日、明後日の天気が気になるところだが。
世田谷の修学旅行の行き先は日光。日光東照宮から華厳の滝、戦場ヶ原、日光江戸村というコース。なかなかの強行軍である。いろは坂をバスで行くのは、子供たちにはつらそうだ。私の修学旅行は別府から関門海峡、大濠公園、太宰府天満宮、熊本城、阿蘇山という、これもまた強行軍であった。ちょうど50年前になる。

少し病気の話を?

この暑さと夏休みのお陰で(?)、例年通りのペースで仕事が進んでいる。予防接種や健診は少ない。この暑さでは仕方がないところ。胃腸炎の流行はなく、少し遅れて流行してきた手足口病がピークを迎えている。今年の手足口病は2種類。発熱を伴うことも多い。この1週間でヘルパンギーナが増えてきた。基本は高熱と喉の痛み。溶連菌は少なくなった。
トビヒ(伝染性膿痂疹)と汗疹(あせも)、虫刺されなどの夏特有の皮膚のトラブルも増えている。熱中症には注意が必要だ。

冷房

今朝はラジオ体操の音楽が流れていた。夏休みに入り、まさに夏本番。ここ数日は気温が高く、今日も気温も異常である。冷房を使って良いかとか、冷房は身体に悪い?という質問を受けるが、この気温では冷房を使う事に賛成である。脱水や熱中症になるリスクの方が高い。
冷房をつけずに早く寝て、朝起きたらグッタリして動かないというケースも。脱水による症状である。保育園などでも、流石に冷房は使うべきだ。小さな子どもは「喉が渇いた」ことを、上手く伝えられないし、汗も多くかく。脱水になりやすいので、30度を越えた場合には冷房が必要である。室内に置く弁当も危険。働いている職員の方も、脱水の危険にさらされる。
小学校も冷房がある。昔では考えられなかったことだが、気温の上昇を考えるならばやむを得ないだろう。学校に冷房があるのなら、夏休みは不要では?と思うのは私だけだろうか。

ギスギス

我が家の女性軍、といっても私以外は全員女性なのだが(義理の息子たちはいるし、ハルやカイ、リクは貴重な男性陣なのだが)、本当にギスギスしている。性格がきつく、自己主張が強い。その代表格は母であった。キャリアウーマンの特徴でもある。
小学校の頃、「女性が仕事をするのは貧しいからだ」と、私に言った。私はそれで納得した。母は仕事は趣味でやるものではなく、仕事は生きるために、真剣にやるものだと伝えたかったと判断した。遊びやボランティア全く相容れないのが仕事だと、私も思っている。通常の定年の年齢を越えた私は、仕事と趣味の境目がなくなってきているのだが。
母は明確に言い切る特徴があった。私とはワンフレーズ、長くて1分ぐらいの会話しか成り立たなかった。私は1つの例外を除いて、すっきり母の言葉の意味を理解していたつもりだ。短くギスギスした会話であった。時は流れて、娘達は「ギスギス女医」と呼ばれている。自立心が強いのか、自己主張が強い?
「母はギスギスしていたなあ」と回想したところ、家内は「私は跡継ぎよ。ギスギス2代目ね」と胸を張った。それを聞いた娘達は、「我々は3代目だね」と笑っている。まあ、戦前の母の時代とは、全く異なる社会になった。これからは女性中心の社会になる。ギスギスに慣れている(?)私は、「まあいいか」と言う心境だ。別に違和感はないし、予想された流れでもある。私は静かに余生を過ごすことにしようーーー?

連休の予定

7月20日(月曜日、海の日)は7時30分から11時まで診療します。今日と月曜日は少し混雑する予定。早めの来院をお願いします。
台風も去って、いよいよ夏休みでしょうか?隣の上北沢小学校も、今日から夏休み。早朝から重い荷物と、野球道具を持って子供たちが学校に集合しています。今日から合宿ですね。昨夜から道路は混雑し、東京の人口は減少。地方の人口が増えて、活気が出る季節に。今日(土曜日)と20日(月曜日)が終わると、私の仕事もスローペースになります。9月の中旬まで、仕事を楽しむことができる予定ですが。
当院と「すぎなみ」は別々に夏休みを取らせていただきます。基本的にはどちらかは診療していますので。両院とも7月は通常通りの診療です。21日(火曜日)からは、例年通り小さなオモチャを用意しています。東京におられる方は、少し夏休み気分を味わっていただけると嬉しいですね。

62 歳

いつもの如く私事で恐縮なのだが、明日で62歳になる。嬉しくはないし、目出度くもないのだが、この誕生日は1つの区切りとなるだろう。人生で区切りは大切。価値観の転換する時だと思っている。
母の遺品を見ると、「1人で誰にも迷惑をかけないように」という信念が伝わってきた。地域密着型のコミュニティーを持ち、健康管理を試行錯誤しながら行っていたことは、母がつけた蔵書の赤線から推測できた。次は私の番だ。
ここからは肉体だけでなく、精神的にも健康を維持することは、努力に依存する。経験を元にした、思考努力が必要となるはず。じっくり考えて、ギアチェンジを行う予定。発想の転換があってもいい。
この歳になると、仕事があるのは有り難い。仕事は楽しいし、頭の体操にもなる。前を向いて、ストイックに残りの人生を送ることになるだろう。ここからは母を見習いたい。

最期の言葉

6月に大分で学会があり帰省しました。母にお別れするために、面会に行くことが出来ました。私を認識できないかな?と思っていたのですが、すぐに私が間違っていることに気がつきました。母と目が合った時に、私を明確に認識していることがわかったからです。瞬きと口の動きで、私に合図を送ってきます。食事が取れなくなって2ヶ月以上。点滴で生活していたのですが、カロリー的には3ヶ月ぐらいが限度と思っていました。
母が私に言った最期の言葉は、「タケシは本当に悪かった。担任(の先生)がかわいそうでならなかった」。同僚(先生)のことを心配した、母の正直な気持ちだったのでしょう。母は「してはいけない」とか、「勉強しろ」などという言葉は、一度も言ったことがありません。私に否定語は使わないと決めていたようで、この最後の言葉には大変驚きました。家内は「やっと、本心を伝えることが出来たのでは」と言いました。
これが最期の言葉では、私はどうも後味が悪い。自分勝手な都合ですが、そう思っていました。母が認識できていると気がついたと時に、「わかるかい?」と言葉をかけました。すると母の口から「たけし」という言葉が。これが最期の言葉になりました。別れ際に、私は母の顔を両手に挟んで声をかけました。「これでお別れだ。むこうで(祖母と)待っていてくれ。そのうち必ず行くからな。有難う。本当に感謝しているよ」。母は瞬きで合図を送ってきました。
空港に向かう車の中で、「最期に母は瞬きで何を伝えたかたのかな?」と呟きました。私は「有難う」ぐらいは言いたかったのかな?と期待していました。すると、家内は「勝手に人の顔を触るんじゃないと言いたかったのでは?」。娘達も「間違ないわ」と賛同。よく考えると、私もそう思いますね。母と息子はそういう関係でなくっちゃ!

会食

酷暑が続いています。炎天下に長時間滞在するのはNGですね。今週の待ち時間は0から10分ぐらいです。私は2時半から3時半まで不在となります。神尾が代診です。明日は台風の影響で、雨の予報です。
昨夜は九州から来た友人と、新宿で久しぶりの食事。お互いの近況報告となりました。仕事の話が中心でした。これからの人生設計も話題に。人生いろいろありますね。年のせいか、2人とも食べきれず。人生の最終章をどのように生きるか?というテーマになりました。生まれてから高校を卒業するまでの18年と同じ年月が、平均寿命まで生きると仮定すると残っていることに。この18年が人間の本当の山場かもしれませんね。
今年は母の法要が8月にあるため、葬儀に参加できなかった神尾が代役。「三宅小児科すぎなみ」は8月3日、4日が休診になります。義母の新盆があるため、当院は8月5日(水)、6日(木)が休診となります。水曜日は「すぎなみ」は休診日ですが、8月5日(水)は診療します。7月は通常通りの診療です。

メガネ

私は軽い乱視と近視があった。老眼の効果(?)もあって、車を運転する時以外は、メガネなしの生活を送っている。最近気になるのが紫外線。今日も酷暑で日差しが強そう。白内障や黄斑変性症などの誘因になる。
運転用のメガネは、10年ぐらい前に買った物。この古いメガネで、生活上は全く困らないのだが、紫外線カット効果がないのでは?と不安になった。そこで、メガネの量販店へ。量販店は夜遅くまで営業している。視力検査を行ったところ、裸眼で左は1.2、右が0.3。以前は左右差はなく、0.3と記憶している。視力は回復したこと、左右差があることにに少し驚いた。なぜ左右差が出たのだろう?
最近のレンズの紫外線のカット率は99%。基本的には透明である。色つきにすると動向が開くために、紫外線の影響を受けやすい。しかし、運転中の太陽はまぶしいので、軽くブルー色をレンズに入れて、メガネをオーダーした。今週末には手元にくる予定。老眼も最近は気にならない。聴力は問題ない。人間も機械と同じで、目や歯など部品はメインテナンスが必要。
注:明日(水曜日)は学校保健委員会のため、2時30分から3時30分まで私は不在。神尾が代診です。

もうすぐ夏休み

小学校の校庭でにラジオ体操の予定が、郵便受けに入っていました。今週で一学期が終わる学校や幼稚園が多いですね。早いもんで、いよいよ夏休み。合宿や帰省で、東京から子どもの姿が少なくなります。
ここ数日で、高熱を出して来院される方が増えてきました。プール熱(アデノウイルス感染)、マイコプラズマ肺炎、溶連菌、手足口病、ヘルパンギーナなどの含まれていますが、診断がつかない症例も出てきました。この1週間は発熱に注意というところでしょうか?嘔吐下痢などの胃腸炎は、今年は少ないと感じています。
19日、20日は連休ですが、20日(海の日)は7時半から11時まで診療します。19日は休診となります。7月は当院も、「三宅小児科すぎなみ」も通常通りの診療となります。

今日は暑くなりそう?

今日は7月11日。母が他界して、10日が経過しました。時の経つのは早いと思いますね。母の訃報を聞いて、飛行機の手配を娘に依頼して、次に葬儀社の選定を行いました。葬儀場と火葬場の問題。母は早く自宅に帰りたいと思っているはず。
大分には立派な火葬場があります。23年前に祖母が他界した時に、建築間もない大きな火葬場を見たことがありました。自治体にもよりますが、高齢化の影響もあって、火葬場は3日から5日ほど待つことがあると聞いていました。今回はすぐに手配が出来て幸運でした。火葬場は人が一杯で驚きましたね。早く母を自宅に送ることができて、何だかホッとしました。

カタツムリ

梅雨なので雨が多いのは当然ですが、今年は特に雨が多いと感じます。今朝はやっと晴れ間が見えました。先週は水曜日から土曜日まで東京を留守にしましたが、東京は雨が降っていたようですね。大分は木曜日、金曜日は何とか雨も降らず、無事に母の葬儀を終えることが出来ました。
土曜日は1日雨でした。空港に向かう途中に立ち寄ったパーキングで、大きなカタツムリを見つけました。雨が降ると出てきますね。東京ではカラスの影響で、ほとんど姿を消しました。「ゆっくり歩め」というメッセージかな?と思いました。
カラスと言えば、将軍池公園を歩いている時に、木の上で何かを捕まえて、舞い降りてきました。地面の上で食べようとしていたので、ひょっとしてと思って駆け寄りました。慌てたカラスが去った後に、オスのノコギリクワガタがひっくりかえっていました。食べられるところを救い出しましたが、カラスが恨めしげに木の上から見つめていました。逃がすと食べられるので、ハルが飼うことになりました。カラスは生態系を破壊しますね。昔の都政で、唯一良い事をしたのは、カラスの数を減らしたこと?
かたつむり

お知らせ

今年は色々な用事(イベント)があり、不規則な休みとなります。
(7月の予定)
7月15日(水曜日):2時30分から3時30分まで、上北沢小学校の学校保健委員会のため、私は不在となります。神尾が私の代診となります。
(8月の予定)
8月5日(水)、6日(木):休診となります。この2日は「すぎなみ」は診療します。
8月26日(水)、27日(木):休診となります。この2日は「すぎなみ」は診療します。
現時点での、7月、8月の予定です。新盆などがあり、家族で分担して参加予定です。なお、今週の日曜日は、家内は日帰りで帰省予定です。宜しくお願い致します。

真宗大谷派

母のルーツは大分の野津原(のつはる)。大分の郊外の農村。そこに菩提寺があり、母方の祖母は眠っています。そのお寺の和尚さんに、母の葬儀でお経をあげて、戒名を付けて頂きました。和尚さんのお母さんも来られて、お経に参加。和尚さんのお母さんは、亡くなった母が昭和13年に大分師範(今の大分大学)を卒業して、最初に赴任した加来小学校の教え子だったそうで、本当に良くして頂きました。
今回の葬儀で、母方の宗派は浄土真宗大谷派(東本願寺)であることを知りました。葬儀の翌日に御礼かたがた、一升のお米を持って、そのお寺を訪ねました。少し迷ったのですが、祖母が眠っていて、母との縁の深いそのお寺に、母の遺骨は納める事にしました。それが母の希望だと思っていました。祖母が眠っている納骨堂に行き、久しぶりに祖母に挨拶できました。
和尚さんの説法(?)を真面目に1時間ほど聞かせて頂きました。「親を看取って、初めて一人前になると言いますから」と。「いつかはあなたもこうなるのよ」と身をもって伝えるのが、最期のメッセージ。これを実感してやっと一人前になるという意味?これからの残りの人生を考えるきっかけになります。
確かに肩の荷が降りたというより、別のスイッチが入ったという感覚を持ちましたね。果たしてこのスイッチは何なのか。ゆっくり考えてみたいと思っています。

虹の向こうに

今日(月曜日)は雨が降っています。仕事再開です。宜しくお願いします。
1日は雨の羽田から、空路で大分へ。6時前に大分着。そこから車で大分へ。大分は大雨が降っていたようですが、私たちが降り立った時には、雨は上がっていました。7時過ぎに母が入院している病院に到着。そこから斎場に移動して、母と対面することが出来ました。安心しきった、満足そうな顔を見て、「やっと祖母の元へ行くことが出来たね」と心の中で呟きました。
広い斎場には私と家内と姉、それに母だけ。旅だった母の49日までの食事として、白米を1升ほどお寺に納めるとのこと。我々の一晩の食料と、そのお米を買いに、徒歩で2キロぐらい離れたスーパーに買い物に。母を1人にする訳にはいかないので、家内が残ってくれました。
大分は日が長く、日没は東京に比べて40分以上遅いはず。小学生の頃は、7時半頃まで野球をしていました。雨上がりで、夕焼け空を見上げながらの買い出しに。ゆっくり話をする事が出来ました。スーパーで「やせうま」「とり天」という大分名物を買って、母と4人での夕食となりました。
虹
斎場について、後ろを振り向くと夕焼けの空に虹。「母が天に登っていったかな?」と言うと、家内がにっこり微笑んでくれました。

大変ご迷惑をおかけしました。

水曜日の午後の突然の代診。突然の臨時休診(3日間)となり、ご迷惑をおかけしました。一生に一度のこと。お許し下さい。「すぎなみ」の神尾も、本院と分院の患者さんを1人でカバーすることは、物理的にも不可能だと思っていました。待ち時間が長くなったり、待つ時間的余裕がなかった方も多数いらっしゃったと思っています。緊急事態につき、その点もお許し下さい。月曜日から、通常通りの診療となります。
(追加)
1日の10時過ぎから、呼吸状態が悪化して、20分で心肺停止という連絡を受けました。予測されていた事態でした。6月に顔を見て、主治医の先生とは話をしていました。静かに、安らかに旅立って、「良かった」と思いました。
このブログを書き始めた1つの目的は、今回の事態にありました。突然の休診を、どのような形でお知らせし、どのように対応するか?5年前にも、このブログはお知らせする方法として活躍し、多くの方の声援を頂きました。それから。5年と1ヶ月。開業して25年。26年目の初日。仏教では正午で日替わりなので、ちょうど25年のタイミングで、母は旅立ちました。
空路で大分に入り、車で病院に行ったのですが、母は葬儀場に安置されていました。思い出話をしながら夜を過ごし、2日の午後に無事に葬儀を終えることができました。いくつかの宿題があったのですが、帰宅となりました。
水曜日は「すぎなみ」が休診であったため、すぐに次女の神尾に航空券とレンタカーの手配を依頼。葬儀の予定が立たないので、日曜日の最終便を予約。1日前倒しで、帰宅することが出来ました。神尾も「早く出発して。ここからは私の仕事でしょ」と、力強く送り出してくれました。1日の午後は神尾が代診。三女の聡美が代表して葬儀に参列。カイとリクを保育園に預けて、空路で大分入り。母を自宅に送り届けて、日帰りで東京にUターン。本当に忙しい4日間でした。
静かな家族葬で、お陰様で無事に終えることが出来ました。この5年間、多くの方から暖かい声援、励ましの言葉を頂きました。心より御礼申し上げます。

7月2日(木曜日)から4日(土曜日)まで、臨時休診となります。

今日(7月1日)の午前10時過ぎに、母が入院している病院から電話がありました。主治医の先生から、「お亡くなりになりました」との話。午後の飛行機で、家内と大分に向かいます。ご迷惑をおかけしますが、ご容赦下さい。
1)今日(水曜日)の午後は、「すぎなみ」の神尾が代診(5時まで)。
2)2日、3日、4日は「三宅小児科すぎなみ」を利用して下さい。
今回の事態は予想されたこと。娘たちとは色々話し合ってきました。「すぎなみ」の神尾には、東京を守るように指示してあります。6月に学会で帰省した時に、私も家内も娘たちもお別れを言うことができました。
時間がありませんので、今から準備して出発します。ご容赦下さい。

コクサッキーA16型

7月は雨で始まりました。この時期は手足口病とヘルパンギーナが流行しますが、今年は少ないと感じています。
ヘルパンギーナはコクサッキーウイルスでおこります。手足口病はエンテロ71、コクサッキーA16型、コクサッキーA6型が知られていますが、今年はほとんどがコクサッキーA16型によるもので、A6 型が10%ぐらい混入というところでしょうか。昨年は見られたエンテロ71は、姿を見せていません。コクサッキーA16型は手掌、足の裏、口内炎だけでなく、肛門の周囲や膝頭、肘の外側にも発疹が出ます。
混種の待ち時間は、0から15分ぐらい。予防接種と健診がお薦めです。