家内の不在

明日は家内は急用にて不在。また、雪によって1週間延期となった家内の帰省も、今週末に実現できそう。土曜日の家内の診療は、11時15分までとなる。
今日は雪の影響もなく、順調に診療できた。「雪かきご苦労様です」「お陰様で、自転車で来ることできました」「駐車場も問題なく」と声をかけていただいた。雪かきは身体には負担があったが、安全に来院していただけたので、「やって良かった」と思った。
雪の話ばかりで申し訳ないのだが、「45年ぶり」と言われた大雪。このブログを読まれている方のほとんどは、45年前には生まれていなかったのでは?この類いの、無駄で意味のない記憶力だけは群を抜く私は、45年前の大雪を思い出した。中学2年の終わりに、湿った牡丹雪が降った。雪の重さで電線は切れ、一部の地域で停電となった。中学校は午後から、集団下校に。
その夜、友人からSOSがあった。停電で熱帯魚の温度管理ができないというものだった。別府は温泉地。暗い共同浴場で、友人と二人で水槽を暖めた。しかし、0時を回る頃、グッピーとネオンテトラは全滅してしまった。疲労感と無力感だけが残った。私は熱帯魚は好きなのだが、熱帯魚を飼育する気になれないのは、この時の記憶があるからだ。
翌朝、「バキ、バキ」という音で、目が覚めた。湿った雪の重さで、木の枝が折れる音だ。私が育てていたミカンの木が、真ん中で2つに避けていた。被害は大きく、何本かは枯れてしまった。ミカンなどの柑橘類は、南斜面の暖かい地方が産地である。ミカンのような常緑広葉樹は、雪国では育たないと実感した。「あれから45年も経つのか」というのが、私の感慨である。今回の大雪で、昔の事を思い出した。45年後に、東京で雪かき?人生とは、予想出来ない事が起こる。それが人生の醍醐味かもしれない。