院長の暴言(再現性)

科学論文の重要な点は、再現性である。論文には「対象」「方法」という項目がある。「結果」や「考察」も重要なのだが、「対象」と「方法」は再現性という点で、最も大きなポイントとなる。例えば、「マウスの細胞を対象に、お酢をかけるという方法で、万能細胞ができた」という論文は、多くの施設で、簡単にできる実験である。そういう意味では、再現性を確認することは、簡単にできるはずだ。
STAP細胞の問題が炎上しているが、写真の使い回しや捏造は、本質的な問題ではないと思う。有名な雑誌の載ったから、データは正しいなどと考えるのも、全くポイントが違っている。論文の審査の過程で、再実験して正しい事を確認する作業は行われていないからだ。科学者の良心と、審査する査読委員の能力が問われている。
問題はお金がらみ。昨年に米国で特許が申請されている。もし、再現性があり、人で応用されるならば、数千億規模以上の価値があるはず。逆にiPS細胞の日本の特許は、その価値を著しく損なうことに。嫉妬とお金が背景にあるにしても、問題は再現性。データのでっち上げだとは思えない。
「対象」と「方法」の再現性がないのが、臨床的な論文である。人間は一人一人異なる個体である。高血圧の薬の治験を行っても、再現性はない。「だって、対象が違うじゃないか」と言えば、すべてまかり通る。ということは、結果を都合良くいじっても、内部告発以外にばれる危険はない。有名な雑誌でも高額なお金を出せば載せてくれる場合がある。でっちあげであっても。今そのでっち上げが、次から次へと問題になっている。膨大な利益を生んだ偽のデータならば、名前を連ねた医師は、責任を取るべきだろう。まあ、一般社会では、責任を取るのだが。
私が医師に成り立ての頃は、新薬の治験が真っ盛りであった。初めて会合に出て、私は全く客観性がない治験だと思った。以後、「私は治験屋ではないので」と言って、逃げ回ることにした。どうしても逃げられない場面が数回あった。「論文には私の名前は入れないこと」を条件に、引き受けたことはある。ランセットという雑誌に載った有名な論文。おそらく、最も多くのデータを提供した私の名前は、この論文には載っていない。当然謝礼も受け取っていない。基本的にお車代も、高級ホテルの宿泊費も受け取らない。接待も受けない。そのようなみっともない真似をしたら、家内から怒られる?
高いお車代、高級ホテルでもパーティー、高級バーでの接待、正気の沙汰とは思えない。これで、客観的なデータが集められると考える方がおかしい。「データは都合良く改ざんするので、文句を言わないでね」と言われているようなもの。「私はこの薬の治験に参加してね」と威張るのは、自分の品性が劣っていると言っているようなもの?
(注)
治験のような仕事も重要。「誰かがやらなければ、薬が世に出ない」と言われたことも。これも正論。「「それは君レベルの仕事だよ」と暴言を。協調性のない私には、そのようなお付き合いはできない?