統計と確率

明日(日曜日)は3時30分から4時30分まで診察します。急患の方はどうぞ。
このブログでRSやアデノの患者数を書く。この2ヶ月の数字を頭の中でグラフ化するのは、小学生レベルの統計である。私の仕事は、というより年齢的にも、このレベルで十分だと思っている。確率論となると、途端に難しくなる。やっかいな数式が出てくるし、私の予想する確率は、まず的中したことはない。何故違うのか?と思うのだが、私の出した結論は、数学的には間違っているらしい。これは私の思い込み、誤解が生んだ数字ということになる。
例えば胃がんの5年生存率となると、これは経験的に割り出されたもので、統計である。50%の確率で生き延びられるという確率論で考えるのは、私は間違っていると思っている。あくまでも、この数字は目安である。1年後に私が生存している確率を、確率論で計算するのは不可能である。0%ではないし、100%ではない事は確かだろう。
確率論の起源はギャンブルにある。つまり、博打に勝つ確率。確率の問題をあれこれ考えても、私はまず間違った答えにたどり着く。結局、ギャンブルを繰り返すと、最後は負けることになるのだろう。「人生はギャンブルだ」と考えるのは間違い。「人生は負け勝負」ではないのだから。