キャンセル

7日、8日とお休みを頂いています。ご迷惑をおかけしています。忘年会の時間がないので、6日の夜はスタッフとの新年会でしたが、それも含めて7日、8日の予定は、すべてキャンセルとなりました。
6日の昼に、家内の母が他界したとの連絡がありました。7日に葬儀とのこと。仕事を終えると、時間的に帰省は出来ません。家内を説得して、7日の5時過ぎの京王線ー新幹線で広島に向かいました。家庭葬と思っていたのですが盛大な葬儀で、気丈に喪主を務める義父に、一種の安堵感があるように思えました。
急な葬儀で、長女は仕事の代診が見つからず、次女は「すぎなみ」で本院をカバー、三女は6日から私の代理で大分の母の見舞いに。「私が皆の代表で出席してくるから」と説得して参列しました。11日と12日の連休に家内と娘たちは、亡き母と義父に会うために、広島に向かう予定です。この予定は前から立てていたのですが、母に会うことは出来なくなりました。今年のテーマの1つは「送ること」(これは健康と家族に関係してきます)。今年はおそらく多くの別れがあるはず。「静かに、暖かく見送ろう」と、家内と話していました。「死は不幸」ではありませんから。私はしっかり次の番と思っています。
義母と初めて話したのは36年前の電話でした。大学を卒業して国家試験の後、大分から各駅停車で広島に向かいました。途中で友人宅に泊まりながら。福山駅で家内が出迎えてくれました。鞆の浦や倉敷を散策したのですが、立派なお弁当を作ってくれたのが義母でした。私の祖母も、事あるごとに巻き寿司。この時の巻き寿司は美味しかったですね。公衆電話から御礼の電話をしたのが、最初の会話でした。その1年後に結婚して挨拶に。それから35年ですから。
「こんな娘を貰ってくれて、足を向けては眠れない」とよく言っていました。「滅多に会わないので、実体を知らないだけ」「最後までネコを被って」と、家内は言っていますが。私の考えは、「家族は女性を中心に考える」ですから。「義母ー家内ー娘達ーナツ」と繋がっていきます。義父母は娘達をかわいがってくれましたね。初孫の娘達は特別なのかもしれません。
娘達は事情があって葬儀に参列できませんでしたが、たまには私の顔を立ててというところでしょうか?私の休みは1月の始め、ゴールデンウィークの後、9月の始めですから、7日の葬儀を聞いて「休診にしなくて参列できる」と思いましたね。家内は「きっと、母が会いたかったのよ」と言ってくれました。合掌。