言葉の壁

人間の最も高度な技術は言語、つまり言葉である。「危険」「逃げる」「集合」などのサインは、他の動物でも出すことができる。しかし、哲学的な思考や、抽象的な表現は、人間にしか出来ない。そこに高度な文化が生まれ、逆に戦争などの争いも起こる。
言葉がなければ、宗教も存在しない。考えや思想、戒律を伝えるのは言葉であり、文字である。メールやネットでの文字の氾濫は限度を超えていると思うのだが。相手の顔もルーツも解らずに、言葉や文字のやり取り。誤解を招いて当然だし、その誤解を訂正することも難しい。誤解が誤解を呼ぶ危険がある。
言葉が重要な役割を果たすのは交渉の時である。交渉には言葉と文字を使いこなすことがポイント。情報がネットで瞬時に流れると、交渉は難しくなる。情報が世界中に共有されるからだ。密かに交渉していても、注目されるテーマでは、憶測やデマ、情報の漏洩が出てくる。そこに、社会的背景や宗教の違い、言葉の壁が出てくると、交渉はさらに困難となる。ここからの交渉は、いわゆる実力者同士の、個人的な駆け引きしか残らないのでは?と思ってしまう。つまり、恩義の世界。
言葉には誤解や思い込みが付きもの。顔を合わせて、時間をかけて話す事が、言葉の限界を超える唯一の手段。国際情勢を見ても、個人の生活でも、基本は同じだと思う。