真宗大谷派

母のルーツは大分の野津原(のつはる)。大分の郊外の農村。そこに菩提寺があり、母方の祖母は眠っています。そのお寺の和尚さんに、母の葬儀でお経をあげて、戒名を付けて頂きました。和尚さんのお母さんも来られて、お経に参加。和尚さんのお母さんは、亡くなった母が昭和13年に大分師範(今の大分大学)を卒業して、最初に赴任した加来小学校の教え子だったそうで、本当に良くして頂きました。
今回の葬儀で、母方の宗派は浄土真宗大谷派(東本願寺)であることを知りました。葬儀の翌日に御礼かたがた、一升のお米を持って、そのお寺を訪ねました。少し迷ったのですが、祖母が眠っていて、母との縁の深いそのお寺に、母の遺骨は納める事にしました。それが母の希望だと思っていました。祖母が眠っている納骨堂に行き、久しぶりに祖母に挨拶できました。
和尚さんの説法(?)を真面目に1時間ほど聞かせて頂きました。「親を看取って、初めて一人前になると言いますから」と。「いつかはあなたもこうなるのよ」と身をもって伝えるのが、最期のメッセージ。これを実感してやっと一人前になるという意味?これからの残りの人生を考えるきっかけになります。
確かに肩の荷が降りたというより、別のスイッチが入ったという感覚を持ちましたね。果たしてこのスイッチは何なのか。ゆっくり考えてみたいと思っています。