最期の言葉

6月に大分で学会があり帰省しました。母にお別れするために、面会に行くことが出来ました。私を認識できないかな?と思っていたのですが、すぐに私が間違っていることに気がつきました。母と目が合った時に、私を明確に認識していることがわかったからです。瞬きと口の動きで、私に合図を送ってきます。食事が取れなくなって2ヶ月以上。点滴で生活していたのですが、カロリー的には3ヶ月ぐらいが限度と思っていました。
母が私に言った最期の言葉は、「タケシは本当に悪かった。担任(の先生)がかわいそうでならなかった」。同僚(先生)のことを心配した、母の正直な気持ちだったのでしょう。母は「してはいけない」とか、「勉強しろ」などという言葉は、一度も言ったことがありません。私に否定語は使わないと決めていたようで、この最後の言葉には大変驚きました。家内は「やっと、本心を伝えることが出来たのでは」と言いました。
これが最期の言葉では、私はどうも後味が悪い。自分勝手な都合ですが、そう思っていました。母が認識できていると気がついたと時に、「わかるかい?」と言葉をかけました。すると母の口から「たけし」という言葉が。これが最期の言葉になりました。別れ際に、私は母の顔を両手に挟んで声をかけました。「これでお別れだ。むこうで(祖母と)待っていてくれ。そのうち必ず行くからな。有難う。本当に感謝しているよ」。母は瞬きで合図を送ってきました。
空港に向かう車の中で、「最期に母は瞬きで何を伝えたかたのかな?」と呟きました。私は「有難う」ぐらいは言いたかったのかな?と期待していました。すると、家内は「勝手に人の顔を触るんじゃないと言いたかったのでは?」。娘達も「間違ないわ」と賛同。よく考えると、私もそう思いますね。母と息子はそういう関係でなくっちゃ!