迷言

暑い日が続いていますね。何度も書きますが、8月5日(水曜日)、6日(木曜日)は休診です。義母の新盆+義父に会うために帰省しますので。「すぎなみ」は水曜日は休診日ですが、5日と6日は診療しています。宜しくお願いします。
小学校に入ってからは、母とは1分以内の会話でした。ワンフレーズで十分でしたね。意味は十分に理解できました。性格がそっくりと言われていましたので。滅多に会話はなかったので、記憶にはほとんど残っていませんが。
「人は誰でも十字架を背負っている」:人にはどうしようもない、自分では選択出来ない事がある。
「君の手には負えないかな」:思想的に危険。この人と付き合ってはいけない。
「九州の女性と結婚しないでね」:近所付き合いが面倒なので、近くに住む女性はNG。
「三宅の家は継ぐ必要はない」:これからは家という概念はない。自分で好きに生きなさい。
「君はお嫁さんがいいから」:君は箸にも棒にもかからない、どうしようもない子だ。
「ぐれてたからね」:中学生になってからは、全く人の言うことを聞かない子だった。
前にも書きましたが、圧巻は「先生の言うことを聞く子に育てた覚えはありません」ですね。高校の進路指導で、学校から呼び出しを受けた時に言った言葉。椅子にも座らずに一言だけ言って、そのまま帰ったと、担任から聞きました。母は「何を言ったか覚えていない」でしたね。「人の言うことを聞くはずはない。これは育てた私の責任。お互いに時間の無駄はやめましょう」という意味。
唯一解らなかったのが、「5メートル後ろを歩きなさい」という言葉。親族の結婚式があり、礼服を仕立てに行く時に言われた言葉。春休みに突然、「礼服が必要。仕立てるからついてきなさい」と言われて、歩き始めた時の一言。カチンときましたね。「逆だ。僕が前だろ」と言いかけた時に、私は目的地を知らないことに気がつきました。これでは後ろを歩くしかない。
10年以上経って、「どういう意味?」と聞いたのですが、「忘れた。そんなこと言ったかな」でした。当時も私とは話すのを避けていましたので、話をしたくなかったと解釈していましたが、公道で母と息子のツーショットなど、母にとってはあり得ない構図だったのではないかと思っています。正確なところは解りませんが。「お互いに干渉せず」が暗黙のルールでしたから。母にとって最期の5年は不本意だったと推測していますが、一貫してブレることのない人生を送ったと私は思っています。次は私の番((^0^))。