院長の独り言(心理学)

アドラーの心理学が、静かな(?)ブームとなっている。我々の時代はフロイトとユング。精神分析入門などを読んだという記憶はあるが、内容は全く覚えていない。理解できたとか、共感したという記憶もないので、おそらく読解できなかった可能性が高い。
フロイトの心理学は、過去に遡った原因論。過去の経験や学習した事が、現在の心理を支配するという考え。アドラーは何か目的があって、その理由付けとして過去の経験を利用しているという考え。あまりに大雑把すぎる解釈だが、私は経験的に、アドラーを支持している。
よく経験する不登校の場合。「意地悪するクラスメートがいるので行かない」と言う。クラスメートに注意して、席を離しても不登校のまま。次に「先生に問題がある」と言う。このままでは学校に行くことができないので、転校をすすめる。これでクラスメーと先生の問題は解決されるはず。しかし、転校しても不登校。今度は不登校を母親のせいにする。このようなことは、普通に起こる。
この場合は、本人が「学校に行きたくない」「行かない」が最初にある。そこで、何か理由をつけて、いわゆる難癖をつけて、不登校をきめこむ。「学校に行かない」のが目的。あとはこじつけ。思春期の心理を、幼い頃の体験が原因とする原因論とは、逆の発想となる。
私は自分の心理を分析して、原因論は都合が良い面はあるが、本質的には後付け理論だと思っていた。原因論と目的論は、どちらが正しいか?という議論は意味がない。ケースバイケースではないのか?
原因論は後ろ向きの理論。過去に原因があるから、今の状態がある。過去は変えられないのだから、どうしようもないと考えるのは進歩がない。目的論ならば、自分の心に原因がある。「学校に行こう」を目標にすれば、過去の楽しかった学校生活が思い出される。将来を変えるという意味では、目的論の方が前向きである。今は目的論が支持される時代。私の若い頃は原因論一色であった。
時代の流れは面白い。私はフロイトでも、ユングでも、アドラーでもいいのだが、現在の心情は過去の経験の延長線上にある。つまり主観そのもの。それを意図をもって変えることはできるはずだ。