吹雪の広島空港

昨日から大寒波と大雪警報が出ていた。昨夜の8時前に、広島空港に降り立った。気温はマイナス3度で、外は吹雪いていた。スタッドレス装備のレンタカーに乗り、運転は大学と研修医時代を信州で過ごした次女の神尾が担当。義父の元へたどり着いたのは9時前で、まわりは白銀の世界。
昨日、午前中の仕事を終えて、用事があって外出した車の中で、私の携帯が鳴った。「父が亡くなった」との電話。仕事を終えて、仕事の報告に来ていた神尾が、旅館とレンタカーと飛行機を手配。着の身着のままのハルとナツを連れて、5人で広島に向かった。センター試験の仕事に入っていた長女には、携帯はつながらず、三女の山角もすぐに動くことはできなかった。
家内の希望で、私と家内は父の傍で一夜を過ごした。雪の影響で電車が遅れたが、長女も三女も葬儀の始まる2時に何とか間に合って、無事に葬儀を終えることが出来た。孫が6名全員勢ぞろい。香典なども受け取らない、とても暖かい家族葬。私と家内とハルとナツは6時過ぎの飛行機で東京へ。山角も新幹線で東京へ。長女が代表して残ってくれた。
先週の連休には家内と娘たちとハル、ナツは泊まり込みで、義父の95歳の誕生日を祝った。1月11日が義父の誕生日である。今日は山角がカイを連れてお祝に行く予定であった。義父の静かな旅立ちを見届けて、私と家内は今帰宅したところだ。
正月に神尾と打ち合わせをした。神尾は「おじいちゃんが亡くなった時は、私が残って診療する」。私の母が亡くなった時も、「すぎなみ」が診療してくれた。初盆には私の代理で神尾が出席。今回も「残って仕事をするのが自分の役目」と主張した。その心配は杞憂に終わった。95歳の誕生日を家内や孫、曾孫たちと祝って、土曜日の昼に義父は旅立った。「じいちゃんは私やハルたちに会いたかったのかな」と神尾。合掌。